-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第2回リアクション 02-A 「君は誰なの?」 -------------------------------------------------- ●ウェヌスに捧げられた月  待望の水素発電所、本格始動へ  四月末から送電実験スタート 五月末には通常送電に  企業・一般家庭への節電要請、恒久的解除も秒読みか  水素発電が変える、新たなくらし  どこか誇らしげな見出しが、街からのニュースとしてモバイルに公式配信されてきた頃、ふたつの丘にも春が訪れた。  風はまだ冬の冷たさを残しているが、日に日に春の香りが強くなる。やがて木々も芽吹き、あっという間にふたつの丘も緑で彩られるだろう。 「水素は、海水の……海水……あっ、陽兄! これは何て読むんダ?」 「どれどれ……水素は洋上風力発電によって得られたエネルギーを使い、海水を電気分解して生成。その後、必要量は水素発電所に輸送され、余剰分が発生した場合は貯蔵される、か。なんだかずいぶん難しそうなものを読んでるネ。今晩あたり、熱出すヨ」 「出さない! ねえ、大兄、じゃあ次、これは?」  陳宝花は、家業の手伝い──中華料理のデリバリーから帰ってきた長兄をつかまえると、自分が読んでいたテキストの文面を目の前に突き出して見せた。 「どうしたんだい、急に。宿題でも出されたのカ?」  兄──宝陽は妹に尋ねる。 「違う、宝花の自由研究発表会」  なるほどね、と宝陽は自身が末妹と同じ年だった頃を思い出したのか、わずかに遠くを見るような目をした。そして、宝花のタブレットを手に取ると、空いていた席に腰を落ち着けた。 「いいだろう、勉強熱心なのはいいことダ。今日は時間があるから、付き合ってやろうカ」 「ほんと!? やったァ!」  兄と妹の勉強会は、母が夕食に呼ぶまで続いた。 ●顧問を捜せ 「顧問ヨ!」  放課後の教室で、威勢のいい声とともに、ジェシー・ジョーンズが勢いよく椅子から立ち上がった。 「顧問……って、何が?」  帰り支度をしつつ、今日も「古代遺跡」へ行こうと話していた探検部の面々──ジズ・フィロソフィア、ビス・エバンス、加藤守住、クロワ・バティーニュが、まじまじとジェシーを見つめる。ちなみに、ニアシュタイナー・シュトライヒリングは、「古代遺跡」に入る前に帰ってしまったため、ジェシーの中では仮入部扱いということになっている。 「決まってるワ! ワタシタチの探検部よ!」 「あー」  なんとなく納得した様子のメンバーたちを尻目に、ジェシーの瞳は熱く燃えていた。 「顧問の先生さえ見つかれば、探検部もれっきとしたクラブ活動として認めてもらえるワ! そうなれば鬼に金属バット、虎に赤牛が翼を授ける!」 「でもぉ、顧問の先生って、誰になってもらうの?」  クロワの問いに、ジェシーは堂々と答える。自信に満ちたジェシーの胸が、勢いよく弾む。ぷるん。 「それはこれから考えるワ!」 「き、決めてないのか」  自信たっぷりのジェシーの様子に、てっきり目星はつけているものと思ったビスは、呆れたように言う。 「そんなわけだから、今日はちょっと行けない。でも、みんな探検部としての自覚を持って、命を大事にネ! 死んで花見はできないもの!」  そう言うと、ジェシーは意気揚々と教室を出ていった。 「ちょっとー、合唱祭の練習始めるわよ! って、あら? ジェシーさんは?」  三月十四日の合唱祭に向けて、鬼の特訓部長と化した委員長こと御手留乃歌が、探検部メンバーに声をかける。その声は、やや不穏な響きがあった。 「え、えっと」 「そのー」 「あのー」  ジズとビス、そして守住が互いに目配せしあう──きみが言えよ、いや、そっちこそ。その様子に、盛大にため息をついた留乃歌は、クロワに向き直る。 「クロワさんはご存知?」 「あのねぇ、こも、」  ビスがあわててクロワの口をふさぐ。 「そ、その、用事があって、今日はちょっと早く帰らなきゃいけないって、ははは」 「そうなの? 仕方ないわね……でも、明日から練習に出られないなら早めに言ってくれないと困るわ。私からも言っておくけど、皆さんからも言ってちょうだいね」  とっさの言い訳に納得したのか、留乃歌は釘を刺すだけ刺すと、電子ピアノの準備を柳瀬小唄とともに始めた。 「ビスったら、嘘はだめだよぉ」  ビスから解放されたクロワが抗議すると、守住がひそひそと小声で返す。 「委員長に探検部のことがバレたら、厄介だろ?」 「でもぉ」 「ほら! おしゃべりしてないで!」  留乃歌の声に、探検部の面々はあわてて練習の輪に加わるのだった。 ●守住、罠をはる  合唱祭までは、放課後は毎日クラス全員で歌の練習をすることに、いつの間にか決まっていたらしい。探検部としては、「古代遺跡」探索の時間が減るのは嬉しくなかった。だが、「入院中のキルシ先生のためにがんばろう!」と言われてしまうと、断る理由もない。結局、しばらくは、歌の練習を終えてから「古代遺跡」に集合するということになった。クロワは、キルシ先生のお見舞いに行くということで、今日は不参加だ。  春が近づいてきて、「古代遺跡」に絡みつくようにして生えている植物たちも、芽吹きの季節を迎えた。エルシリア・ソラの地道な清掃のおかげで、だいぶ出入りしやすくなってはいるが、植物たちが伸びるスピードは意外と速い。 「花が咲くのは、かわいいんだけどね。除草剤とか使うわけにもいかないしな」  守住が、「古代遺跡」へ向かう途中、ぽつりと呟く。しかし、「古代遺跡」から完全に植物や泥を取り除いてしまったら、大人の目を引いてしまうかもしれない。 「怪しまれちゃいそうだよね」  おやつに持ってきた、好物の箱入りキャラメルを配りつつ、ジズも頷いた。 「ああいうのって、いくらくらいで買えるのかな?」  キャラメル何箱分のお小遣いが必要なのだろう、とジズは思わず考えてしまう。 「なんにせよ、また出入りしにくいぐらい生えてきたら、みんなで草むしりをがんばるしかないな」  ビスの言葉に、ジズも守住も頷く。大人の目につかないように探検をするなら、結局のところ現状維持が望ましいのかもしれない。 「ところでさ、ボクからちょっと提案があるんだけど」  守住がジズからもらったキャラメルを食べながら言う。 「今日も、モバイルやタブレット、持ってきてるかな?」 「そりゃ当然さ。それがどうかした?」  ビスの問いに、守住が神妙な面持ちで答えた。 「ボクたちのやってることってさ、大人たちに見張られてないかな?」 「えっ、嘘!」  思わず声を上げたジズを制しながら、守住はひそひそと小声で続けた。 「だってさ、この間だって、えーっと、オーガスタおばあちゃんだっけ? いきなり話しかけられたし、怪しくないかな」 「言われてみれば……」 「モバイルって、GPSが入ってるでしょ? 迷子になったときはすぐ見つけてもらえるけど、でもそれって、ボクたちの居場所はいつも誰かに筒抜けってことじゃないかな」  いつもクールな雰囲気の守住が、眼鏡のフレームを指で押し上げながら話すと、妙に説得力がある。  市民証でもあるモバイルには、標準機能としてGPSが搭載されている。GPS専用衛星は、気象衛星と同じように、ちょっとした故障などで調整が必要な時が多いため、精度の面では大したことはない。だが、市民IDさえ知っていれば、誰がどこにいるのか、調べるのは簡単なのだ。幼い子どもがいる家庭では、迷子対策として重宝されているが、守住たちくらいの年齢になると、親に監視されてるようにも思えて、少し鬱陶しくもある。 「確かに、そうかも……。ボクもさ、オーガスタおばあちゃんは怪しいと思ってるんだ。なんだか、ボクたちが「古代遺跡」にいると、いつもタイミング良く現れてるような感じがして……」  ジズが、不安げにサスペンダーをいじりながら、やや青ざめた顔で言った。 「二人の話を聞いてると、本当にそんな感じがしてくるな……。でも、どうする? モバイルは持っていないと怒られちゃうだろ?」 「そこで、ボクに良い考えがあるんだ」  そう言って、守住は不敵に笑ってみせる。 「モバイルやタブレットを、誰かの家に置いてくるんだ。もちろん、探検の間だけね」 「どういうこと?」 「誰かがボクたちの居場所を調べても、ボクたちはその家の中にいるようにしか見えないでしょ? 何か言われたって、みんなで勉強会してましたーとか言えば、全然おかしくないしね」 「なるほど!」  ビスが感心して、ぱちんと指を鳴らした。 「俺たち全員で話を合わせておけば、ごまかせるな!」 「でも、誰の家に置いていくの?」  ジズの問いに、守住はややうなだれる。 「そこなんだよ。できたら、ボクたちが探検している間、家に親や家族がいないところがいいんだけど……」  いくらメンバーで口裏を合わせても、親にバレたら一発でアウトだ。家で勉強会をしているどころか、そもそもいないのだから。 「それなら、うってつけのところがあるぜ!」  ビスが任せろと言わんばかりに、胸を張って言う。 「俺の家に置いておけばいいぜ。母さんは働いてて、夜の七時くらいまで帰ってこないし」 「えっ、いいの?」 「いいぜ、探検のためだ。お安い御用さ。回り道になっちゃうけど、俺の家に寄ってから行こうぜ」  ビスの申し出に、足取りも軽く、守住たちはビスの自宅へ向かうのだった。 ●クリスは舞い降りた  三人がビスの自宅へ寄ってから、「古代遺跡」へ行くと、なぜかクラスメートのクリス・グランヤードがいた。 「何してるんだろ?」  不思議そうに顔を見合わせる三人を見るなり、クリスは言った。 「遅い!」 「は?」 「まったく、キミたちはだらしないな。探検中に怪我でもしたら、どうする気なんだい?」  家から持ってきたのだろうか、救急キットをずいと見せつけながら、クリスは言う。 「だいたい、危機管理がなっていないよ。懐中電灯は? ちゃんと持ってきてるのかい? 記録は誰がやるんだ?」  てきぱきとダメ出しし続けるクリスを見やりながら、探検部の三人はひそひそと話し合う。  「おい、クリスも呼んだのか?」 「いや、ボクは呼んでない。ジズは?」 「ボクもクリスは呼んでないよ。ていうか、クリスって探検部だっけ?」 「ジェシーは何にも言ってなかったけどなぁ」  声をかけた覚えもないのにいるクリスを不思議そうに見ながら、ビスは言った。 「まあいっか」  クリスは、そんな三人の様子を見て、ふてくされる。 「ほら! 何をしてるんだい! 早くしないと日が暮れちゃうじゃないか!」 「なんだかわからないけど、手伝ってくれるなら、歓迎するぜ」  颯爽と手を差し出し、握手を求めるビスと、その手を交互に見ながら、クリスは言った。 「べ、別に! 手伝うとか、そ、そんなんじゃないし! あ、あまりにも手際が悪くてかわいそうに思っただけなんだから! 勘違いするなよ!」  クリスの顔は、耳まで真っ赤になっていた。  ──「古代遺跡」について調べたことをまとめて持ってきたのに、誰もいなかったからちょっと寂しかったなんて、これっぽっちも思ってないんだから! ●探検部 出動せよ  「古代遺跡」の中は暗い。懐中電灯の類は必須アイテムだ。とはいえ、明かりさえ確保できれば、中を探ることは容易である。へし折れたような扉を抜けて、探検部+α(クリス)は遺跡内部へと進入する。 「どうも、この「古代遺跡」は街ができた時にはもうあったみたいだ」  クリスが、独自調査した結果を三人に発表した。 「より正確に言えば、ふたつの丘の正式な記録が作られるようになった頃には、かな」 「どういうこと?」  ジズが明かりをあちこちに向けながら聞き返すと、ボクにもよく分からなかったんだが、と悔しそうに前置きしてから、クリスは答える。 「どうも、ふたつの丘には、大昔の話があんまり残ってない。ボクたちが図書室で読むような本には、ふたつの丘ができてからのことしか書いてない」 「うん? 言われてみれば、そうかもな」  ビスが首をひねった。日頃から自分が住んでいる街がどのように生まれたかなんて、特に興味を持っていたわけではない。学校の授業で習うのは、昔の歴史よりも今の社会のしくみについてだ。上の学年では、歴史の授業もあるようだが、ビスたちの学年にはまだない。思えば、「古代遺跡」も、大人たちが「古代遺跡」と呼んでいるのを、そのまま倣っているようなものだ。当の大人たちでさえ、なぜ「古代遺跡」と呼んでいるのか、ろくに知らないし、興味もないようだ。 「まあ、ボクたちの学年向けの本には書いてないだけかもしれないけど」  クリスは拗ねたような口調で言う──兄さんたちが読んでいるような本なら、載っているだろうか? 「ふぅん……ともあれ、遺跡そのものだけじゃなくて、歴史も調べていかないといけないみたいだね」  守住が言うと、一同は深く頷いた。    探検部+α(クリス)は、「古代遺跡」内部にあった謎の一室に入った。初めて入った日から、特に変化はない。最初は物珍しかったが、キーボード型のインターフェースも、見慣れてしまえばどうというものでもなかった。  守住は、キーボード型インターフェースを懐中電灯で照らす。埃をかぶってはいるが、壊れてはいないようだ。もっとも見た目で判断しているだけなので、実際に使えるのかどうかは分からない。 「これって何だろうね。モニターかな?」  守住の隣で、ジズが正面の壁を照らすと、そこに表面がガラス加工されているらしい、つるりとした一枚の大きな板がはめ込まれている。普段使っているようなモニターに近い。 「これがモニターだとしたら、何かがここに映し出されるのかな?」 「たぶん……。すっごく大昔は入力と表示が別々になっている機械が多かったようなんだ。だから、これもそういう時代の機械かもしれない。だから相当古いのは間違いないね」  勉強したのだろうか、クリスが答える。 「電気が通ってれば、使えるのかもね……どこかから、電気を持ってこられればいいんだけど」  そう言いながら、ふと守住がクリスを見ると、クリスはタブレットのカメラ機能で写真を撮ろうとしていた。 「……あれ?」 「何? 記録を残すのは大切だろう。ちゃんとデータを残しておけば、後から調べ……」 「……なんで、タブレット持ってるの?」 「はぁ? 守住は何を言ってるんだ? 持ってるのは当然だろ」 「……もしかして、モバイルも?」 「当たり前だろう」 「……そうだよね、きみ、いなかったもんね……」  守住は、がくりとその場に崩れ落ちた。  次からは、何があろうとクリスのタブレットとモバイルも、ビスの自宅に置いてこさせよう。守住は、そう堅く決意したのだった。 ●古代遺跡に歌え!  失意の守住と、なんだかさっぱり事態が分からないクリスの押し問答をなだめながら、ジズとビスが「古代遺跡」の中から出てきたのは、日も暮れかけた頃だった。日は長くなったとはいえ、傾き始めると暗くなるのはあっという間だ。暖かい初春の日差しがなくなると、にわかに風は冷たさを増していく。 「うう、寒……ん?」  ジズがふと見ると、今日もせっせと清掃を続けるエルシリアの横で、葉柴芽路もいるのに気づいた。 「あれ、どうしたの?」 「あっ、いやぁ。その」  声をかけると、芽路はぴょこんと飛び跳ねるように立ち上がった。 「んー、えっと、まあ相談っていうか、そんな感じ?」 「相談って?」 「ほら、今さ、委員長と小唄がすっごい気合入れて、合唱祭の練習してるじゃん? 真面目にやんないと超怒るし、早く帰ろうとするとごちゃごちゃ言うしさ。だから、遺跡調査のついでに、ここでも合唱祭の練習したらいいんじゃないかって」 「え、ここで?」 「そうそう、自主練っていうの? やってます感アピールしたら、委員長もそんなにガミガミ言わなくなるかなーって」  探検部+α(クリス)は、顔を見合わせた。ここで歌うのは目立ちそうだが、自主練習しているといえば、委員長と放課後の練習から早く解放されそうな気は、しないでもない。 「うーん……まあ、別に俺はいいけど」 「ね? いいじゃん」  芽路が言うと、エルシリアが立ち上がって、膝についた泥を手で払いながら言った。 「いいんじゃないかな。黙って掃除してるのも、ちょっと疲れちゃうし。わたしは構わないよ」 「まあ、ボクも別に構わないかな」 「万が一大人に見つかっても、ここで歌の練習をしてるだけだって言ったら、ちょっとはごまかせるかもしれないね」 「合唱祭は、正直どうでもいいけど……委員長怖いし」  賛成というほどではないが、反対する理由もない。なんとなくなし崩し気味ではあるが、芽路の提案は受け入れられた。 ●少女は夜を夢見る 「お泊り? 誰の家に?」  エルシリアの母は、食事を作る手を休めて、聞き返した。 「相手の親御さんもいいなら、お母さんはかまわないけど……ちゃんとお許しは得たの?」 「うん、もちろん!」  母の問いに、エルシリアは笑顔で頷く──内心、舌を出しながら。  エルシリアが毎日「古代遺跡」の清掃をするようになってから、二ヶ月近く経つ。近所では、「街の清掃をするソラさんちのエルシリアちゃん」として、褒められることも増えてきた。そのためだろうか、母も最近なんだか機嫌が良い。やはり我が子が褒められているのは嬉しいものなのだろう。特に今日は、かつて母が教わっていたという学校の先生──ということは、もう年配の人だろう──にばったり会って、エルシリアの話をされたらしい。 「今どき感心な娘さんですよ、なーんて、お母さん褒められちゃったのよ」  かなり厳しい先生だったようで、「鬼のジェフリーズ」と影では呼んでいたらしい。同じジェフリーズでも、ローマン先生とはずいぶん違うな、とエルシリアは母の話を聞きながら思った。  母の機嫌もいい今なら、大丈夫かもしれない。そう思って、エルシリアは母親に切り出したのだ──「友だちの家に、お泊りしたい」と。  相手の親が了承しているなら構わないという返答に、エルシリアは思わず小さくガッツポーズをする。 「失礼のないようにするのよ。いつ泊まりに行くの?」 「えっ、えーっと」  具体的な日程までは考えていなかったエルシリアは、とっさに嘘を重ねる。 「こ、これから相談するの。た、たぶん四月になってからかなぁ」 「そうなの? じゃあ決まったらお母さんに教えてね。おいしいお持たせ作ってあげるから」 「はーい」  素直に返事をしたエルシリアだが、泊まりに行く家などない。だが、何か作ってくれるなら、お夕飯代わりになってちょうどいいや、とのんきに考えた。  友だちの家に泊りに行くというのは、嘘だ。  実際に、エルシリアがやろうとしているのは、夜の「古代遺跡」を探ること。この間会ったオーガスタおばあちゃんも、夜になったら帰れと何度も言っていた。あんな風に言われてしまうと、かえって好奇心に火がつくというものだ。  ──もしかしたら、夜になったら「古代遺跡」が本当の姿を現すのかも?  そう思うと、それだけで胸が高鳴る。   今は三月中旬。準備のための時間が必要だ。四月の自由研究発表会の準備だとか、その反省会だとか、理由はいくらでもこじつけられるだろう。四月になれば、夜の冷え込みも和らいでいるだろうし、厚着しておけば一晩過ごすくらいならできそうだ。 「さあ、できたわよー。お皿の準備してちょうだい」  母の呼びかけに、元気よく返事をしながら、エルシリアは「お泊り作戦」の計画を練るのだった。 ●笑う老婦人  三月十四日の合唱祭も無事──でもなかったが、なんだかそれなりに丸く収まった──終わり、子どもたちの関心は来月に迫った自由研究発表会へと移っている。  発表は、当然ながら成績にも反映される。五月には進級試験もあるため、ここで良い点を取っておこうとする者もいる。とはいえ、まだ進級や卒業といった言葉がピンとこない学年では、自身の知的好奇心を満たそうと、楽しげに調べ物をする子どもの方が多かった。  ミシェーラ・ベネットも、どちらかといえば後者にあたるだろう。成績云々よりも、単に自分が知りたいと思ったことを調べるだけだ。ミシェーラのテーマは『街の歴史からみる古代遺跡』というものだ。とはいっても、探検部のように「古代遺跡」の謎に迫るというより、興味があるのは街の歴史の方だ。  ある程度は図書室の本でも調べられるが、やはり実物を見た方がいいだろう。そう思って、この日学校が終わると、ミシェーラは「古代遺跡」へと向かった。 「いると思ったんだけどな……」  ところが、着いた時間が早すぎただろうか、「古代遺跡」には誰もいなかった。しばらく待っていれば来るだろうか、とミシェーラはちょこんと草むらに腰を下ろす。誰かが植えて育てているのだろうか、明らかに雑草とは違う、芽が何本も芽吹いている。周りはきれいに整えられて、素朴な花壇のようにも見えた。 「あら、あなたも清掃ボランティア?」  ぼんやりと日差しを浴びていると、一人の老婦人に声をかけられた。見上げると、知らない老婦人がいる。なぜかミシェーラは、一瞬誰かを思い出したような気がしたが、それが誰なのかは分からなかった。 「本当に最近の子は偉いのねぇ! いいことだわ」  感心したように、老婦人は何度も頷く。 「あ、あの……」  ミシェーラがおどおどと立ち上がると、老婦人はにこやかに挨拶してくる。 「あら、いけない。わたくしってば。わたくしは、オーガスタ・ジェフリーズ。あなたは?」  ──ジェフリーズ?  一瞬、ミシェーラの脳裏に担任教師の姿がよぎる。 「え、えっと、私はミシェーラ・ベネットです」  どうにか小声ながらも挨拶すると、オーガスタと名乗った老婦人は笑顔で言う。 「そう、ミシェーラちゃんね。みんなでお掃除なんて偉いわ。ここ以外にも、ボランティアはしているの?」 「え? えっと……」  ミシェーラが答えに窮していると、「あっ」という声が聞こえた。思わず見ると、そこには同じクラスのジズ・フィロソフィアが立っていた。 ●オーガスタ・ジェフリーズを追え  ──怪しい。  ジズはそう思った。直感に近いが、こういう時の直感は、信じた方がいい。人間の動物的本能というものは、案外侮れないというのは、かつての偉大な探検家たちが証明している。  探検部として「古代遺跡」の調査を始めてからというもの、ジズはある人物のことをずっと不審に思っていた。  その人物の名は、オーガスタ・ジェフリーズ。    思えば、怪しいことだらけだ。「古代遺跡」の探検を始めた頃、何度もやってきては、危ないことをするな、夜になる前に帰れ、などと言う。確かに、学校の近くは住宅街があるし、普通に生活していて「古代遺跡」の前を通り過ぎることはごく当たり前のことだ。だが、自分たちがいる時に限って、オーガスタ・ジェフリーズが現れる──一度気になると、そんな疑念さえ浮かんでくる。守住が、大人たちに見張られているかもと言っていたが、その心配は当たっているかもしれない。   だから、ジズは決心した。あのオーガスタ・ジェフリーズの正体を暴いてやろうと。 「紅茶はお好き?」 「え、はい」  かしこまって席に着くジズとミシェーラに、オーガスタは穏やかに聞いてくる。今のところ怪しい素振りは見られない。まだ本性を隠しているのかも──そう思うと、思わず身震いした。  いつもなら、探検部のメンバーと「古代遺跡」を探検している時間帯だ。ジズはメンバーたちに事前に話をして、今日はオーガスタ・ジェフリーズの正体を探ることに専念している。  学校の授業と、放課後の合唱祭練習が終わると、ジズは早々に学校を出た。まずは「古代遺跡」を目指し、そこから住宅街を回って、オーガスタ・ジェフリーズの姿を見つけたら尾行しようとしていたが、その手間をかけるほどのこともなかった。「古代遺跡」の前で、ばったり出くわしたのだ。どういうわけか、同じクラスのミシェーラもいた。 「あら、ごきげんよう。えーっと、そう、ジズくんだったわね」  相変わらず、品の良い笑みを浮かべて、挨拶してくる。 「は、はい」 「今日も、ここのお掃除なのね。偉いわねぇ」 「え、えっと……」  まずは尾行してアジトを突き止めようと思っていたジズは、いきなり出鼻をくじかれる形になってしまった。 「今日はまだ他の子たちは来てないようね。ほら、見て、あそこ。つぼみがついてるでしょう? もうじき花が咲くわねぇ」  待ち遠しそうに、オーガスタは目を細める。その表情は、穏やかだ。ジズはごくりと唾を飲み込むと、オーガスタに話しかけた──ええい、こうなったら作戦実行だ! 「あ、あの、今度、ボクたちの学校で自由研究発表会っていうのがあるんです」 「ええ、知ってますよ。そろそろ準備の時期でしょう? がんばってね」  ──やっぱり! 学校のことまで知ってるんだ!  ジズは背筋をぴんと伸ばし、オーガスタに向き直る。 「ボクは、この「古代遺跡」のことを調べて発表しようと思うんです」 「あっ、あの、私も……」  消え入りそうな声で、ミシェーラも言う。 「あらまあ、そうなの? 最近の子は、昔のことに興味を持つのが流行りなのかしら?」 「だから、何か知っていたら、教えてください」  ──言ってやった!  ジズは内心で快哉を上げる。もしも予想が当たっているなら、彼女は「人間」の命令には逆らえないはずだ。 「知っているといってもねぇ……まあ、いいでしょう。興味を持って学ぼうという気持ちは大切です。よければ、おばあちゃんの家へいらっしゃい? ここで立ち話というのも味気ないものね」  こうして、ジズはオーガスタのアジトこと自宅へ、乗り込んだのだった。ミシェーラも一緒なのは計算外だったが、いざとなれば守ってやらねばなるまい──なんだかんだいって、自分も男なのだから。  オーガスタは紅茶と言っていたが、漂う香りは、ジズが知っているものとは異なっていた。どちらかというと、柑橘系のような、花のような香りだ。 「はい、どうぞ。今日はジズくんとミシェーラちゃんがが来てくれたから、おばあちゃんとっておきのアールグレイの紅茶よ」  そう言って出された紅茶は、見たところおかしな点は何もない。 「アイスティーに使うタイプは、温かいお茶でいただくには香りが強すぎるのだけど、これはそんなにきつくないでしょう?」  オーガスタは、紅茶のカップを手に話し始めた。 「そうそう、あの遺跡のことね。といっても、おばあちゃんもあまり詳しいことは知らないの。何せ、大昔の機械でしょう? 今となっては、あれを修理することもできないでしょうね。今の機械とはだいぶ違うでしょうから」  大昔の機械だということは、探検部たちも目星をつけていた。今のところ、ジズにとっては目新しい情報はない。ミシェーラはタブレットを取り出すと、メモとして録音アプリを立ちあげた。 「とはいえ、修理する意味もないでしょうけどねぇ」 「意味がない?」  ジズは思わず聞き返した。 「そうよ。だってもう使わないもの」  オーガスタは紅茶を一口飲むと、こともなげにそう言い切った。 「使わない……んですか?」  ミシェーラの問いに、オーガスタは頷いた。 「そもそも、直してまで使うようなら、わたくしたちのご先祖様は、こんなところまでやってはこないはずですよ」  そう言って、くすくす笑うが、二人には何のことだかさっぱりだ。どうも、「古代遺跡」について、ジズとミシェーラがある程度知っているものだと思っているようで、説明もなしに話し続ける。 「でも壊すにも、お金が必要ですからね。行政予算のことは、もう学校では習っているかしら? 街のお金は無駄遣いしてはいけないわ。他に優先するべきことがたくさんあるから、今の今まで放っておかれているのでしょうね。本当は危ないから、壊してしまうのがいいんでしょうけど」 「そ、それは困ります!」  思わず声を上げてから、ジズはあわてて口をつぐんだ。狼狽をごまかそうと、紅茶のカップに口をつける。その様子を、少し驚いたようにオーガスタは見ていたが、やがて微笑んで言った。 「ええ、ええ、そうですね。ふふふ、みんなあそこで遊んだものねぇ」  何かを思い出すように、遠くを見る目をしてオーガスタは言った。 「昔はうちの孫も、あそこに忍び込んでは遊んでいたものですよ。ある時なんて、何をやったか知りませんけど、怪我をして帰ってきてね。それはもう血がひどくって。どうも金属か何かで切ったようだけど、何にも言わないんですから。……うちの孫は、良い先生かしら、ジズくん、ミシェーラちゃん?」 「んぐっ!?」  紅茶を口に含んだジズがオーガスタを思わず見ると、彼女はいたずらっぽくウィンクして、リビングの棚に飾ってあるデジタルフレームを指さした。そこには、幼い少年の姿が映しだされていた。見ていると、時間を追って映像が変わっていく。デジタルフレームの中で、少年は青年に成長していき、やがてジズがよく知る人物の顔が映し出された。その瞬間、あっとミシェーラが声を上げて、なぜか真っ赤になった。 「ローマン・ジェフリーズ。おばあちゃんの孫ですよ。本当に昔は、いたずらっ子で聞かん坊だったんですから」  それが今では、わたくしみたいに先生になるだなんてねぇ──目を細めて、オーガスタは言い、ジズは思わず紅茶を噴きかけた。 ●発見の倒置法 「まったく、子どもっぽいんだから」  ぶつぶつと小声で呟きながら、クリス・グランヤードはタブレットを抱えて、図書室へ向かう。何かにつけて探検部の面々に毒づいたりはしているが、どうしてこんなに自分が彼らに突っかかってしまうのか──それを考えて、少し気が滅入ったりもする。そのせいだろうか、なんとなく今日は、探検部のメンバーと顔を合わせてたくなくて、でもそのことを素直に口にすることもできなかった。代わりに口から出てきた言葉といえば── 「ボクが、だらしなくて不甲斐ない探検部に代わって、調べておいてやる!」  当然、探検部のメンバーとは、軽くではあるが口論になってしまった。 「まったく、子どもっぽいんだから」  その言葉は、はたして探検部に向けてのものだろうか。クリスは、自分でも判別できない。    自由研究発表会に向けての準備で、いつになく図書室はにぎやかだ。  クリスは窓辺の席に陣取ると、これまでまとめた資料データを開く。クラスでも成績優秀なクリスは、上級学年向けの本でも、多少は読むことはできた。とはいえ、習っていない言葉や難しい単語の部分は辞書で調べないと分からなかったし、専門用語となるとさすがにお手上げだった。今日はちょうど借りたかった本が返却されるというので、図書室へ足を運んだのだ。卒業試験を迎える学年ともなると、さすがに自由研究発表会の調べ物にも熱が入るようで、借りたい本がなかなか借りられない。  タブレットに書籍データを読み込ませ、まずは目次からざっと目を通していく。上級学年向けだけあって、クリスたちの学年に「推奨」とされている本に比べて、字が細かく、小さい。ぎゅっとページに情報が詰まっているような印象を受ける。本来ならきちんと目を通すべきだろうが、とりあえずは巻末に収録されている年表ページへ飛んだ。  年表によれば、ふたつの丘は今から約二百五十年前に誕生したことになっている。だが、どうやらそれは「ふたつの丘」という行政上の地域としてであって、実際にはもう少し古いらしい。クリスが調べようとしている「古代遺跡」と思しき建造物は、ふたつの丘ができた頃には既にあったようだ。だが、それは記録に残っている当時から、すでに「もはやその役目を終えた旧式の設備で、使用には適さない」と書かれており、無用の長物扱いだったことが伺える。  ──それにしても、なんだか変だなぁ。  クリスはふと疑問に思う。本を調べるうちに、ふたつの丘は、ある日ぽんとこの地にできたような印象を受けてしまう。街というのは、そういうものなのだろうか? 単に、「街の歴史」というのなら、それも正しいのかもしれないが。  ──ボクたちって、どこから来たんだろう?  そんな疑問さえ浮かぶ。『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』、いつだったか、兄が見ていた本の中に、そんなタイトルの絵があったことを思い出した。  クリスは、ページを最初から見ていく。 「あれ?」  まえがきと書かれたそのページで、クリスの指が止まる。  わたしたちの先祖は、果てしない距離を旅してきました。遠く故郷●●●に位置する●●を離れ、新天地を目指してきたのです。 「旅……?」  見慣れない、妙に長ったらしい単語に戸惑うが、今はページを読み進めることにした。分からない単語は、後から調べればいい。  ●●●●は大事業であり、当時の●●●●●●の●●●●●であるイーヴ・ベシエールの言葉が示すように、これは今までの歴史の中でも、もっとも重要で輝かしい偉業であり、●●そのものでさえあると言えるでしょう。 「どういうこと……?」  クリスの声をかき消すように、下校時間を知らせるチャイムが、図書室に鳴り響いた。 ●「古代遺跡」までご一緒に  四月の日差しは暖かく、日なたにいるだけで、なんだか満ち足りた気持ちになる。  葉柴芽路は、踊るようなスキップで、今日も「古代遺跡」へと向かっていた。芽路が植えた種は順調に育っている。来月には花を咲かせることだろう。その頃には、キルシも元気になっているだろうか。  芽路が「古代遺跡」に着くと、既にエルシリア・ソラが日課の清掃を始めていた。他にはまだ誰も来ていないようだ。  一瞬気後れするが、芽路はエルシリアに声をかけた。 「今日も掃除してんの?」 「うん、でもお花がそろそろ咲きそうだから、ここはまだ抜かないでおこうと思うの。みんなが来たら、芽路からも言ってね」 「わかった」  言いながら、ちらりと芽路はエルシリアの様子を伺う。こちらを気にするでもなく、いつもどおりの作業を続けている。  芽路は、胸のあたりにわだかまる、もやもやした何かを、服の上からぎゅっと握り締めた。 「あ、あのね!」 「なぁに?」  のんびりと、エルシリアが聞き返す。 「──ごめんなさい!」  勢いよく、芽路は頭を下げた。はしばみ色のおさげ髪が、ぴょんと弾けるように、太陽をめがけて跳ねた。 「え?」  呆気に取られるエルシリアに、再度、芽路は頭を下げる。 「ごめんなさい!」 「え、あの、何が?」 「……突き飛ばしちゃった」  下を向いたまま、芽路がぽつりと言った。その言葉に、エルシリアは記憶を掘り返す──そういえば、そんなこと、あったかも。 「そんなぁ。ずいぶん前のことじゃないの」  思わず、エルシリアは笑い出してしまう。こっちはすっかり忘れていたというのに、芽路は今まで気に病んでいたのだろうか。普段の様子からは想像もつかない芽路の生真面目さが、エルシリアにはなんだか妙にくすぐったくて、笑ってはいけないと思うのについつい笑顔になってしまう。 「いや、だって、その」  芽路は言葉が思いつかないのか、いつになくおろおろとした様子で口ごもった。 「いいってば。わたし、気にしてないもん」  エルシリアが何度もそう言うと、芽路はようやく笑顔になった。  それから二人は、他愛ない話をし続けた。  エルシリアは、単身赴任中の父といつもチャットをしていること、でもずっとチャットをするのは仕事で疲れている父に悪いからと、いつも三十分で切り上げることを。  芽路は、三歳になる弟と一緒に、スーパーで働く母の姿を母には内緒で時々見に行っていること、裸足で土の上を走るのが好きだけど、家族が怪我しないかと心配するから我慢していることを。 「そうだ、いいこと教えてあげる」  笑いながら草をむしるエルシリアが、不意に言った。 「わたしね、今度この「古代遺跡」に一晩泊まりこんでやるんだ」 「ほ、ほんとに?」 「ほんと。友だちの家に泊まるって言ってあるんだ。絶対、夜になったら何かあるよ!」  芽路は思わず言った。 「あたしも! あたしも泊まりたい! 夜も、お花に歌を歌ってあげたいから」  ぽろっと秘密を漏らしてしまったことにも気づかず、芽路は興奮気味に言うと、エルシリアはしばらく考えたのち、頷いた。 「うん。お互い、家に泊まってるってことにしよう。わたしはきみの家、きみはわたしの家に」 「うん、そうしよう!」  そうと決まれば話は早い。二人は早速、夜の「古代遺跡」に挑む日を決めた。  四月三十日──この日は、水素発電所からの通電実験の日で、お祭り騒ぎになる日だ。この日であれば子どもだけで夜中、外にいても怪しまれる可能性は普段に比べれば低いだろう。 「じゃあ、四月三十日ね!」 「うん!」 ●地上の星が瞬く頃に 「三、ニ、一──点灯!」  カウントダウンの後、街中の街灯という街灯に明かりが灯った。途端に、あちこちで歓声が沸き上がる。  これまでは電力事情を鑑み、治安や市民の安全のために設置されている街灯のすべてが点灯することは滅多になく、ローテーションで点灯・非点灯を繰り返していた。それは、節電だけでなく、各機器の消耗や交換を先延ばしにする意味もあったが、市民たち──特に幼い子どもがいる家庭──からは不評だった。  だが、それも水素発電が開始されるまでの話だ。  水素発電所からの送電実験が行われるこの日は、水素発電所内の光景がリアルタイムで配信されていた。これからは、夜になれば街中の街灯が灯り、安心して歩ける日々がずっと続くだろう。停電の心配も、古い地下・地上送電網のリニューアルが終われば、一気に解消されるはずだ、と父──片岡音彦が語るのを、春希は嬉しそうに見ていた。  立ち並ぶ街灯のすべてが、明るく夜の闇を照らしている。  今日ばかりは、子どもたちも夜ふかしが許される。まるでハロウィーンの季節のような、頬が思わず緩む雰囲気が街中に満ちていた。上空から街を見下ろしたら、地上の星のように輝いて見えることだろう。  しかし、そんな光景を、どこか寂しげに見る子どももいた。 「星、あんまり見えないね」  ぽつりと漏らすクロワ・バティーニュの言葉に、辻風麻里子は小さく頷く。その様子を、麻里子と手をつないだ弟の海斗は、不思議そうに見上げている。 「おほしさまー? いないの? どこかへいっちゃった? ばいばい?」 「ううん、いるよ。お星様は、ちゃんといるよ」  弟の言葉に、苦笑いしながら麻里子は答え、夜空を見上げた。そこには、今日も満天の星空が広がっているはずだった。今夜は、街を照らす人工の明かりに、星の瞬きはかき消され、よく見えない。 ●Hello,World  四月三十日──街の中が、いつになく明るく輝くだろうこの夜に、エルシリアと芽路はそっと「古代遺跡」の前で待ち合わせをした。  エルシリアはお泊りグッズが入ったリュックを開け、中からランプを取り出す。サイズこそ小さいが、れっきとしたキャンプ用品だ。家でためしに点けてみたら、驚くほど明るかった。 「わ、すごい」 「懐中電灯だけじゃ、さすがに一晩泊まりこむのは怖いもの」  日は沈み、あたりは夜の色に染まりつつあった。星がひとつ、またひとつ瞬き始めている。まだ夕焼けは残っているが、あと三十分もすれば、すっかり夜の帳が下りるだろう。だが、今日は水素発電所の通電実験だ。闇への不安はあまりない。  遠くで、点灯のカウントダウンが聞こえ始める。  エルシリアと芽路も、近くにあった街灯を見上げる──三、ニ、一──点灯!  通りに並ぶすべての街灯に、明かりが灯る。夜の闇も星の光もかき消すような、強い電気の光。とはいえ、その光も、さすがに「古代遺跡」の中までは届いてはいないようだ。 「じゃ、ランプ点け……あれ?」  ランプをつけようとしたエルシリアは、ふと「古代遺跡」に目をやり、思わず声を上げる。「古代遺跡」の扉の向こう──内部が、ぼんやりと光っているように見えたからだ。 「誰か、中に……?」  芽路も気づいたのか、恐る恐る小声でエルシリアに話しかける。 「まさか……だって、もうみんな帰ったし」  返す声も、思わず小さくなってしまう。誰か中に残っているということはないはずだった。探検部の面々はもう帰ってしまって、今ここにいるのはエルシリアと芽路だけなのだから。  二人は顔を見合わせ、そしてどちらからともなく、「古代遺跡」の中へ足を踏み入れた。  内部はほの暗いが、懐中電灯やランプが必要なほどではなかった。 「電気が……ついてる?」  芽路が周りを見回し、不思議そうに呟いた。これまで探検部のメンバーが何度か中に入っていったが、窓らしきものもない「古代遺跡」では、昼間でも懐中電灯は彼らの必須アイテムだった。だから、エルシリアはランプを家から持ってきたのだ。ところが、今は明るいとは言いがたいものの、必須アイテムがなくても十分内部が見渡せる。  エルシリアと芽路は、通路をぐるりとまわり、そっと「古代遺跡」内部の部屋をのぞきこむ。すると、部屋の正面に備えつけられたモニターらしきものがぼんやりと光っていた。  思わず部屋に踏み込んだエルシリアと芽路の目は、モニターに釘付けになる。  そこには、にじむような、ぼやけた文字ではあるが、こう表示されていた。 【Re:emergency call】  あなたは誰? -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- 【PC】 ・ジズ・フィロソフィア ・ビス・エバンス ・加藤守住 ・エルシリア・ソラ ・クリス・グランヤード ・葉柴芽路 ・ミシェーラ・ベネット 【ちょっとだけ出てきました系PC】 ・陳宝花 ・ジェシー・ジョーンズ ・ニアシュタイナー・シュトライヒリング ・御手留乃歌 ・クロワ・バティーニュ ・辻風麻里子 【NPC】 ・オーガスタ・ジェフリーズ 【ちらっといたね系NPC】 ・陳宝陽 ・キルシ・サロコスキ ・ローマン・ジェフリーズ ・エルシリア・ソラの母 ・片岡音彦 ・片岡春希 ・辻風海斗