-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第2回リアクション 02-E 僕の明日を熱量に乗せて -------------------------------------------------- ●ウェヌスに捧げられた月  待望の水素発電所、本格始動へ  四月末から送電実験スタート 五月末には通常送電に  企業・一般家庭への節電要請、恒久的解除も秒読みか  水素発電が変える、新たなくらし    どこか誇らしげな見出しが、街からのニュースとしてモバイルに公式配信されてきた頃、ふたつの丘にも春が訪れた。  風はまだ冬の冷たさを残しているが、日に日に春の香りが強くなる。やがて木々も芽吹き、あっという間にふたつの丘も緑で彩られるだろう。   「水素は、海水の……海水……あっ、陽兄! これは何て読むんダ?」 「どれどれ……水素は洋上風力発電によって得られたエネルギーを使い、海水を電気分解して生成。その後、必要量は水素発電所に輸送され、余剰分が発生した場合は貯蔵される、か。なんだかずいぶん難しそうなものを読んでるネ。今晩あたり、熱出すヨ」 「出さない! ねえ、大兄、じゃあ次、これは?」  陳宝花は、家業の手伝い──中華料理のデリバリーから帰ってきた長兄をつかまえると、自分が読んでいたテキストの文面を目の前に突き出して見せた。 「どうしたんだい、急に。宿題でも出されたのカ?」  兄──宝陽は妹に尋ねる。 「違う、宝花の自由研究発表会」  なるほどね、と宝陽は自身が末妹と同じ年だった頃を思い出したのか、わずかに遠くを見るような目をした。そして、宝花のタブレットを手に取ると、空いていた席に腰を落ち着けた。 「いいだろう、勉強熱心なのはいいことダ。今日は時間があるから、付き合ってやろうカ」 「ほんと!? やったァ!」  兄と妹の勉強会は、母が夕食に呼ぶまで続いた。 ●花楓の世界  バレンタインデーの騒々しい空気が静まり、学校はすっかりいつもどおりの毎日が戻ってきていた。そろそろ、三月十四日の合唱祭や、四月の自由研究発表会に向けての準備で、あわただしくなってくる頃だ。  担任教師のローマン・ジェフリーズにとって、正直なところ、合唱祭は気が重い行事だ。もう一人の担任であったキルシ・サロコスキの担当教科は音楽で、ピアノや指揮といったことは当然のことながら得意だった。まだ年若いため、周囲からはお嬢さん扱いされていることも多かったが、合唱祭の頃は頼りになる存在だ。だが、その彼女は現在入院中である。 「困ったなぁ……」  ローマンは職員室で何度目かのため息をついた。  日頃は子どもたちの自主性に任せて、フォローに回ることが多いのだが、今回ばかりはそうもいかないようだ。しかも今日、トラブルが発生したばかりだ。  音楽の授業だけでなく、放課後の空き時間を使って、合唱祭の練習をしようという話が決まった。入院中のキルシを励ます意味でも、今年の合唱祭はがんばろうと、子どもたちは意気揚々としている。そこまではよかったのだが──   「合唱祭の練習なんて、最初と最後だけやればいいじゃん」    二回目の練習が始まる直前、唐突にそう言い出したのは、御堂花楓だ。成績は良いのだが、どこか飽きっぽい彼女の発言を、当初は誰もがまともに取り合わなかった。というのも、花楓の言い分は、他の子どもたちにとっては、かなり無茶な話だったからだ。 「歌なんて、お手本を一回聞けば覚えられるじゃん」  こともなげに、そう言い切る花楓に、合唱祭練習の中心的存在になりつつある柳瀬小唄が困ったように返す。小唄は音楽が得意ということもあって、皆からも頼られている。その状況が良かったのだろう、日頃は控えめで、一歩下がったところにいるような小唄も、最近ではかなりしっかりと自分の意見を言えるようになってきていた。 「花楓さんは、そうかもしれないけど……でも、みんなはそうじゃないです。歌が苦手な子もいるし、歌詞やメロディがなかなか覚えられない子も……」 「だから! そんなの一回で覚えられるじゃんって言ってんの!」  小唄の声をさえぎるように、突然、花楓が大声で言い返した。放課後の教室で、皆の視線が一斉に二人に注がれる。 「何度も何度も、みんなが覚えるまで、同じ所を繰り返し歌うでしょ? それが嫌だって言ってんの!」 「だ、だって、そうしないと、ちゃんと歌えない子が出てきちゃいます……」  憤る花楓の目と、床とを交互に見やりながら、小唄がぽつりと言った言葉は、花楓の憤りをよけいに募らせたようだった。 「なんで! どうして覚えられないの! 一回聞いたら十分じゃん!」 「……だって……その、みんな、花楓さんみたいじゃ、ない、ですから。なんでもすぐ、覚えられるわけじゃなくて……」  怯えたように身をすくめる小唄を一瞥すると、花楓は通学用の鞄をひっつかんだ。そのまま、無言で小唄の横を通り、教室を出ていこうとする。 「ちょ、ちょっと待ってよ、花楓」 「そういうのはやめてもらえるかしら?」  その様子を見て、ライサ・チュルコヴァと御手留乃歌──鬼の特訓部長として目下クラスに君臨中だ──が花楓の前に立ちふさがった。 「どうしたのよ、いきなり」 「キルシ先生を元気づけるために、みんなでがんばろうって決めたでしょ? ちゃんと練習に出てちょうだい」 「別に、わたしはいつもどおり! と・に・か・く、わたしは練習出ないから。最初の練習は出たんだから、もういいじゃん。じゃあね」  そう言うと、早足で教室から出て行ってしまった。ドアが荒々しく閉まる音に、小唄がまた身をすくませた。 「ど、どうしよう……」 「いいわ、小唄は委員長と一緒に練習進めてて。わたしが花楓の様子を見てくるから」  小唄の肩をぽんと叩くと、ライサは花楓の後を追って、教室を出ていった。   「花楓、かーえーでー。花楓ってば!」 「聞こえてる!」 「なら、返事くらいしてよね」  後を追ってきたライサを追い返すわけでもなく、かといって歩みを止めることもなく、花楓はまっすぐ屋上に向かって歩いて行く。ライサはため息をつくと、その背をさらに追いかけた。  ようやく、花楓が足を止めたのは、屋上に着いた時だった。屋上は十七時には施錠されるが、それまでは開放されている。子どもたちにも人気の場所だった。安全性を考えて監視カメラが設置されており、花楓とライサを自動追尾しているのだが、二人がそれに気付くことはない。  三階建ての校舎とはいえ、屋上からは街が見渡せる。病院を除けば高い建物がないため、海辺の風車が回る姿まで見えた。 「そりゃ、花楓はなんでもすぐ覚えられるから、いいなって思うけど。でも、毎日ちょっとずつ積み重ねていくのも、けっこう楽しいと思うけどな」  あえて花楓を見ず、遠くを見ながらライサが言う。 「積み重ね、ねぇ……」  ぽんと鞄を放り投げ、屋上の柵に駆け寄った花楓は、ライサの言葉を噛み締めた。 「それってさ、楽しい?」 「え?」 「積み重ね。毎日同じこと、何度も繰り返してさ」 「楽しいかって言われると……そうじゃないことも、あるけど」 「もうぜーんぶ覚えてるのに、また同じことやらされてさ。同じ話されて、同じ歌を歌って、同じようなところで誰かが間違えて、また最初からやり直し。ねえ、楽しい?」 「……でも、毎日って、そういうことだわ。つまらなくても、繰り返すことだって大事なのよ」  ライサが考え込みつつも答えると、花楓はしばらく無言のまま、遠くで回る風車を見つめていた。 「どこが楽しいんだか、わたしには全然分からない」  いつになく沈んだような声音に、ライサは思わず花楓に振り返る。 「覚えるってこと、どういうことだが、わたしにはよく分かんない。だって、わざわざ覚えようとしなくったって、勝手に頭の中に入ってきて、それはもう出ていかないから」 「……空っぽには、できないの?」  そう言ってから、ライサはしまったという顔をする。それは、二人で風車を見に行ったあの日、もう話したことだというのに。とっさに言葉が出てこない。ようやくライサが口にできた一言は「……ごめん」だった。 「風車」  花楓が、不意に落ち着いた、穏やかな声でぽつりと言った。 「え?」 「また見に行こっか。天気の良い日に」 「そうね」  花楓とライサは、並んで風車を眺めた。白いプロペラがゆっくり回るのを、お互いに無言で。 ●誰が為に笛は鳴る  三月初旬は、まだ肌寒い日も続く。しかし、風には春の香りを感じるようになってきた。  今日も、西藤はるせの赤いスニーカーは元気だ。姉譲りのスニーカーは、まだはるせの足には少し大きい。歩くたびに、かぱかぱと、歌うような音を立てた。大地を踏みしてて歩けば力強い音に、そっと猫のように足を忍ばせれば、ささやくような音に──だから、はるせはいつも歌うように歩いている。  合唱祭の放課後練習が終わると、はるせはまっすぐに駅へ向かった。足にはスニーカー、手には電子リコーダーを持って。  電子リコーダーは、合唱祭の課題曲である『星の海を越えて』を奏でていた。はるせが歩いた道には、音色が残されていく。時々音が跳ねたり、メロディが飛んだりするのは、はるせがつい小走りになったり、スキップしてみたりするからだ。  にぎやかな通りを抜けて、駅に近づくにつれて、次第に人の姿もまばらになっていく。仕事か旅行でもなければ、他の街には行く用事がない。もう少し遅い時間帯なら、仕事で他の街に行っていた大人たちが、電車で帰ってくる姿が見られるのかもしれない。だがそもそも、ふたつの丘から出る必要はあまりないのだ。学校も仕事も、街の中でほぼ事足りる。生まれてから死ぬまで、ずっとひとつの街に住んでいる人間の方が、はるかに多い。  はるせは、リコーダーから口を離すと、一息ついた。  リコーダーのぴぃちゃんのことは好きだ。いつも一緒にいる。だが、ふとした拍子に芽生えた不満の種が、はるせの中で少しずつ育っていった。だから、はるせは駅に来たのだ。 「あのねぇ、お兄さん、いる?」  駅に着いて、はるせは最初に目についた人に尋ねてみた。駅の改札口にある窓口は、はるせの身長ではまだ高すぎた。背伸びをして、話しかける。ぱかん、と赤いスニーカーから踵が抜けた。 「お兄さん? 誰のことだい?」  窓口業務の担当らしい男性職員が、首をかしげた。 「誰かの妹さんかねぇ? はて、ずいぶん年の離れて……いや、いたな、あいつか」 「わたし、おねえちゃんはいるけど、お兄さんはお兄さんじゃないよ」  職員の間違いを、はるせはずばっと指摘してみせたが、声が届いていないのか、相手にされなかった。 「どうしました?」  掃除用具を持った青年が、窓口に近づいてきた。おそらく、ホームの清掃でもしていたのだろう。 「ああ、ちょうどいいところに。この子、お前さんの妹さんだろ?」 「へ?」 「違うったら。おねえちゃんはいるけど、お兄さんはお兄さんじゃないから、わたしは妹だけど、違うの!」  はるせの抗議に、職員と青年が顔を見合わせる。 「……お前、意味分かるか?」 「全然さっぱりッスけど、アレです。先月だったか、迷子になりかけてた子ですよ」 「あー……」  職員は、納得したのか、あごをさすりながら青年に行った。 「実にちょうどいいところに来た。お相手してさしあげなさい」 「えー、いやまだ僕、仕事」 「もう上がりだろうが」 「……はい」 「試験勉強もいいがな、俺たちは相手にするのは電車や機械だけじゃない。人を運ぶってのは、モノを運ぶこととは違うンだ。電車に乗ったことが、その人にとって大事な思い出になるように、誠心誠意努力するのが俺たち鉄道屋の仕事だ。お前さんも鉄道屋のはしくれなら、サービスの何たるかを身をもって学ぶのは大事なことなンだぞ」 「はい、すごくよく分かりました」  青年の言葉こそ素直だが、表情はうんざりした色が隠せない。 「じゃあね、お嬢さん。そこのお兄さんが、お話を聞いてくれるよ」 「うん、わかった」  はるせが素直に頷くと、青年は職員とはるせに気付かれないように、小さくため息をついた。   「歌って!」 「はいぃ?」  特別に入れてもらった駅のホームのベンチで、はるせはそう言うと、青年は素っ頓狂な上ずった声を上げた。 「またいきなり何を……参ったなぁ。いきなり命令形か。参ったなぁ、最近の子どもはすごいな」  はるせは、盛大にため息をついた。これほど話が通じない相手はそうそういない。仕方がない、一から説明してやるか。 「あのね、わたしね、歌が歌いたいの」 「はぁ」 「でもね、ぴぃちゃんは、わたしが吹いてる間しか歌えないし、わたしはぴぃちゃんを吹いてると歌えないの。おねえちゃんは『星の海を越えて』の詩が好きだから、でもそうなると聞けなくって、わたしとぴぃちゃんは一緒に歌えないから」  青年は、しばらく頭を抱えてうつむいていた。 「……えーと、つまり、その、人間関係がよくつかめないんだけど」 「だからぁ」  はるせはもう一度懇切丁寧に説明した。 「まずね、おねえちゃんは『星の海を越えて』が好きなの。で、ぴぃちゃんは歌えるんだけど、歌えないの。わたしは、一緒に歌えないの。だから、一緒に歌ってくれる人がいないとだめなの」  ここまで言えば、いくらなんでも分かるはずだと、はるせは思った──学校で習ったサンダンロンポー、ディベートの授業は苦手だけど、これだったら満点だ! 「えーとえーと……つまり、僕に『星の海を越えて』を歌えってこと?」 「そう!」 「えー、参ったなぁ。参ったなぁ、僕は歌苦手なんだよ、勘弁してよ」 「なんで?」 「なんでと来たか……いや、ほら、僕は歌があんまり上手じゃないから、誰だっけ、えーと、ぴぃちゃんとは歌えないんだよ」 「なんでー?」 「いや、だから。下手だから」  その押し問答は、窓口の職員が覚えている限り、軽く一時間は続いたという。 ●歴史資料館の方へ  紅茶に浸したマドレーヌがきっかけで、昔のことを思い出す、長い長い話があるという。  瀬木戸鈴夏が、かつて母から聞いた話だが、タイトルはすっかり忘れてしまった。とにかく長い話らしい。なぜ、そんなことを急に思い出したかといえば、昨日のおやつがマドレーヌだったからだ。そして、なぜマドレーヌのことを思い出すかといえば、今、鈴夏はおなかが空いているからだ。 「うう……おなかが鳴ったらどうしよう」  給食前の四時間目終盤のような緊張感が、にわかに鈴夏を支配する。  鈴夏は、放課後を利用して、ふたつの丘の歴史資料館に来ていた。図書館などと違い、館内にはほとんど誰もいない──というか、来館者はどうやら鈴夏しかいない。学芸員なのだろうか、初老の男性が日の当たる窓辺でのんびり過ごしているだけだ。  いやいや、きっとこれは集中力が足らないせいだ。鈴夏はそう思い直して、資料館の棚をぐるりと見てまわる。  四月の自由研究発表会を名目にすれば、大手を振って、街の歴史や「古代遺跡」、校舎裏で見つけた謎の機械を調べられる──そう気づいた鈴夏は、さっそく行動していた。が、やりたいことが思いつきすぎて、まだほとんど手をつけていないにもかかわらず、なんだかすでに手一杯のような気持ちになってしまっている。  まずは資料を集めようと、めったに来ない街の歴史資料館に足を運んだはいいものの、さてどこから手をつけたらよいものか。学校の図書室や、街の図書館と比べて人が少なそうだから、ゆっくり調べられるだろうと思ったが、こうも資料館に人がいないと、かえって緊張してしまう。ため息さえ、館内中に響きわたってしまうな気がして、なんだか息が詰まる。  子ども向けの資料スペースがあったので、鈴夏はまずそこから見ることにした。さすがに、大人向けの資料は、鈴夏には難しかったのだ。読めない単語だらけな上に、写真やイラストの類がほとんどない。たまにあってもグラフ程度だ。直感的に読み進められないなら、かえって時間をロスしてしまう。鈴夏はそう考えた。 「これ、かな」  ざっとタイトルを眺めて、それらしい一冊のケースを手にとって見る──『写真で見る街の歴史』、これなら一目で変遷が分かるかもしれない。資料は図書室などと同様に、電子データになっている。持ってきているタブレットにデータを読み込むと、閲覧申請のダイアログが表示された。名前と市民IDを打ち込むと、まず目次が表示された。どうやら、写真など画像で資料が残っているものを、時系列で掲載しているようだ。これは「当たり」だろう。  意気揚々と、閲覧用の机でデータを読み進めようとすると、ぐぅ、とおなかが鳴った。とっさに胃の辺りを手で押さえた。耳まで熱くなってくるのが分かる。 「き、聞こえちゃったかな……」  窓辺でひなたぼっこ中だった男性の姿は、閲覧スペースからは見えない。だが、音は届いているかもしれないし、聞こえていないかもしれない──何せ、日なたで目をつぶっていたのだから、寝ていたのかもしれない。 「どうしよう……」  閉館時間まではまだずいぶんあるが、鈴夏は今からどんな顔をして男性の前を通り過ぎるべきか、思わず考えこんでしまった。 ●走れ千鳥  水無月千鳥は決意した。必ず、かの友人の不安や疲れを除かなければならぬと決意した。千鳥には、難しい話は分からぬ。千鳥は、十歳である。学校で学び、友と遊んで暮して来た。けれども友人たちの様子に対しては、人一倍に敏感であった。きょう放課後千鳥は学校を出発し、道を越え川を越え、ふたつの丘の、この歴史資料館にやって来た。 「資料館なんて、めったに来ないとこなのになぁ」  歴史資料館の正面入口で、ぽつりと千鳥は呟いた。たいていの調べ物は、学校の図書室で事足りる。なければ、街の図書館へ行けばいい。それなのに、なぜ彼女は資料館に来たのだろう。千鳥も、資料館が街にあるのは知っていたが、来るのはこれが初めてだ。「十二歳以下:無料」と書かれたプレートに、つるんとした胸をほっとなでおろしつつ、千鳥は資料館に足を踏み入れた。    その十分後、資料館内から、千鳥の不意打ちアタック──本人は、座って資料を見ていた友人に、後ろから挨拶しただけと供述している──を食らった鈴夏の、「ふぎゃう!?」という悲鳴が聞こえたとか。 ●エデンの西  猫の尻尾を見れば、だいたい機嫌が分かる。  尻尾がぴんとまっすぐ上を向いているときは、機嫌がいい。誰かに甘えたりもする。尻尾を左右にぶんぶんと振っているときは、要注意だ。犬と違って、嬉しいとか機嫌がいいという意味ではない。  ジャンゴ・リーボリックは、猫の尻尾で機嫌を見分けるスペシャリストだった。猫を追いかけているうちに、自然と身につけてきたのだ。  ふたつの丘では、ペットを飼うには許可がいる。だからといって、外を動物が歩いていないというわけではない。複数の世帯が共同でペット飼育申請をして、いわゆる地域猫という形で飼われている猫もいるのだ。その場合、猫の避妊・去勢は飼い主側の義務だし、許可が下りる条件も厳しい。また病院での定期検診やマイクロチップの埋め込み手術も必須だった。マイクロチップ内には飼い主の情報が書き込まれており、誰の管理下であるかがすぐに分かるようになっている。そういう意味では、ふたつの丘に完全な野良猫は存在しない。  だが、そんなことはジャンゴをはじめ、多くの子どもたちにとってはあまり関係のない話だ。  そこに猫がいる。  それだけで十分だ。    日差しに春の暖かさが溶けこみ、日も延びてきた三月中旬。猫たちも外に出て、のんびりしていることが増えてきた。  放課後の合唱祭練習──鬼の特訓部長の猛烈レッスンともいう──から解放されたジャンゴは、まっすぐに猫のたまり場へと向かっていた。自動車がほとんど走っていないふたつの丘では、日当たりのいい道路に猫が寝そべっているのは、日常茶飯事だ。ジャンゴが毎日歩いている通学路も、猫たちの昼寝場所のひとつだった。  季節柄、猫たちはそろそろ盛りが始まる頃なのだが、避妊・去勢済みの猫たちにはそんな素振りはほとんどない。とはいえ、いつもに比べるとややテンションが高いような印象がある。  すっかり顔なじみになった黒トラ模様の猫は、近づいてきたジャンゴを見るなり、甲高く鳴いて足元にまとわりついたかと思うと、ごろんと道に寝そべった。なでろと言わんばかりに、ふわふわの腹を見せられて、それに抗える人間などいるだろうか。しばらくジャンゴがなでてやっていると、気持ちよさそうに喉を鳴らし──突然、気が変わったのか、いきなり起き上がると走ってどこかへ行ってしまう。 「待って、待ってー」  ジャンゴが追いかけてくるのを分かっていたのか、猫は後ろをちらりと振り返ると、また道にごろりと寝そべってみせる。そして追いついたジャンゴがまたなでる。その繰り返しだ。 「そうだ!」  猫を追いかけている間、ふと思い立って、ジャンゴは持っているタブレットの地図アプリを起動させた。四月の自由研究発表会に向けて「猫の道マップ」を作ろうと決めたのだ──たった今。  これはなかなかいいアイディアだぞ、とジャンゴは思った。猫の行動範囲は、人間に比べれば狭いものの、その移動の仕方は人間には真似できないものがある。ジャンプして塀を越えたり、どこかの家の庭を通り抜けるが普通なのだ。人間が日頃気づかない、街の風景がきっと見えるはずだ。  ジャンゴは、これまで通ってきた場所にアンカーを打っていく。説明は、後から書き足していけばいいだろう。  さきほどまで追っていた猫は、少し離れたところで、ちょこんと座って、ジャンゴを見つめていた。作業を終えたジャンゴがそれに気づくと、猫は待っていたのだろうか、するりと近くにあった木に登る。根本に近寄ると、ジャンゴを見下ろして、にゃあ、と鳴いた。そして自身の背丈よりはるかに高い木の上から、何事もなかったかのように飛び降りて、すぐさま走りだす。 「ああ、待ってよー」  ジャンゴはタブレットを抱えて、同じように走っていった。走りながら、移動ログの自動記録機能をオンにする。これなら、記録し忘れても、アプリが自動でログを取っておいてくれるはずだ。    人の少ない通り、住宅街の裏通り、雑貨屋の店先、共同駐輪場の陰、ベルガモットの香りがする、誰かの家の庭──自由奔放に、猫は駆け抜けていく。  たまに、ちらりと後ろを振り返り、ジャンゴがついてきているのを確認する。今の状況を、追いかけっこと思って、遊んでいるのだろう。猫と違って、そう簡単には木やら塀やら乗り越えられないジャンゴは、そのたびに回り道を探しては、猫の後を追っていく。膝や肘に、いくつも引っかき傷やすり傷ができたが、ジャンゴには気にならない。駆けるたびに、背中のリュックの中で、宝物たちががさがさと揺れるのが、声援のように聞こえた。  ようやく、猫に追いついた頃には、すっかり辺りは夕暮れの色に染まっていた。猫はすっかり満足したのだろうか、ベンチの上で念入りに前足の肉球をなめている。見上げれば、一番星が小さく瞬き始めていた。 「あれぇ?」  ふとジャンゴは声を上げる──こんなとこ、来たのは初めてかも。  見晴らしのいい、展望台。だが、目の前に広がるのは、大きく、そして深くえぐれた大地だった。それははるか北へと続いている。大きな川のようにも見えるが、水は流れていない。とっくの昔に枯れてしまったのだろうか。  ジャンゴはタブレットで地図を確認する。現在地は、街のはずれ。位置的には、ちょうど風力発電所がある海の反対側──西にあたる。風力発電所や公園もあるため、街の東側には行く機会が多いが、そういえば西側にはあまり来ることがない。ジャンゴにとっては、ここは初めて来た場所だ。 「こんなところがあったんだ……」  街のあちこちを探検したつもりでいたが、まだまだ世界は広いらしい。見るべきもの、聞くべきものは、両手に抱えきれないほど存在している。  展望台の柵に近づき、えぐれた大地を見渡す。薄暗くなってきたため、底はよく見えないが、深さはかなりあるようだ。  ふと見ると、何かの記念碑だろうか、モニュメントが建てられている。ジャンゴの背丈ほどの高さで、見た感じでは大理石でできているようだったが、表面は風化防止のコーティングがされているためか、実際の質感は分からない。つるりとした表面を、そっと手でなでる。ひんやりと冷たい。 「何か書いてあるなぁ。なんだろ?」  ジャンゴは、まじまじと表面を見つめる。  そこにはこう書かれていた。     魂に、やすらぎを。   我々に、信念と勇気を。   開拓者たちよ、永久に眠れ。 ●怒りの白猫  この学校は、魔女に呪われてしまった。悪魔の祭は、魔女の呪いを学校中にまきちらした。  報復者・白戸さぎりは、決断した。  復讐するは、我にあり。    三月十四日は合唱祭である。だが、同時にいわゆる「お返しの日」──ホワイトデーでもあった。ホワイトデーは、バレンタイとはまた違う悩みを男子一同にもたらしていた。「お返しをする」ということは、すなわち「もらった」ということに他ならない。魔女の呪いをもらったか否か、それは男子の間に明確な階級を生み、時として闘争すら生み出すのである。  男子の輝かしくも誇るべき友情に、修復できないほどの亀裂を入れかねない、恐るべき悪魔の祭。さぎりは、その呪いに立ち向かうべく、ひとり立ち上がったのだった。  さぎりの復讐は、平等に女子に降り注ぐ。たとえ、相手がお母さんであってもだ。魔女の呪いを振りまいた者には、等しく制裁を加えねばならない。それが、さぎりにできる最善なのだ。  だから、さぎりはあの呪わしい二月十四日以来、おやつを買うのを我慢していた。すべてはそう、来るべき運命の日のために。    ティベリス通りにあるアビントン・スウィーツ&キャンディを訪れたさぎりは、ひとしきり店内を眺めたのち、店員に言った。 「店員! ぼくはクッキーを買うぞ!」 「はい、いらっしゃい。ホワイトデーのプレゼントかな?」  にこにこと対応する店員に、さぎりは言葉では表現しきれないほどの恥辱を感じつつ、黙ってクッキーを買った。男は、たとえそれが恥であっても、口につぐみ、耐えがたきを耐えねばならぬ時があるのだ。たぶん、今がそう。そして、あの呪われた日から貯めていたお小遣いは、クッキーと包装代に消えていった。それは、桜のように、淡くも儚い命であった。 「おのれ、おのれぇえええ! よくも! よくもおおおおおお!」  クッキーの入った袋を抱えて、天に向かって怒りの咆哮を上げるさぎりを、道行く人々が何名も目撃したという。    そして、運命の日は、厳かに訪れた。  早朝、朝もや煙る中、さぎりは家をそっと出た。お母さんには、すでに決行済みだ。喜んでくれた。そう、さぎりの復讐は、すべての女子に平等に降り注ぐのだ。お母さんとて、例外ではない。  今日の夕飯は、さぎりの好きなハンバーグにするわね、と嬉しそうに言うお母さんに背を向け、さぎりは戦場たる学校へ、一歩、また一歩近づいていった。  さぎりは胸に抱えた袋をじっと見る。その中には、自らの無力さと、先に待ち受ける暗澹たる運命に恐れ慄く、ボックスクッキーとアーモンドクッキーたちの姿があった。  ──女子め! 思い知るがいい!   そう心の中で叫び、静かにさぎりは進んでいく。  攻撃こそが、最大の防御なのだ。自分に言い聞かせながら、見慣れた学校に向かっていく。  猫だ、猫になるのだ。ニャーでフシャーッな猫になるのだ。深く、静かに潜行せよ。さながら、コタツに潜む猫のごとく。  猫だ、猫になるのだ。徹底して隠密行動せねばならぬ。かつて日の出ずる彩の国にいたという、伝説のNINJAのごとく。Wasshoi! タツジンなアトモスフィアをこの身に纏うのだ。  袋の中のクッキーたちは、これから訪れる運命に叫び、むせび泣く。ポケット叩いたら二つになってしまうほどのかよわき存在に、できることなどあるだろうか。あるとすればジョ○ィと僕とで半分こが関の山だ。   「おや。あれに見ゆるは、さぎり殿ではないか。いったい何をしておるのじゃ」  なぜか早朝に登校していた皆藤華名に目撃されているなど露知らず、復讐の白猫と化したさぎりは、教室へ忍び込んだ。    足音ひとつ、立ててはならない。誰かに見つかっては一巻の終わりだ。その時、さぎりの世界は終末を迎えるだろう。アポカリプスと神々の黄昏と年度末決算と年度末納品が一度に起きてもまだ足らないほどの、空前絶後の終わりが来てしまう。それだけは、なんとしてでも回避せねば。  猫だ、猫になるのだ。猫は足音を立てない。それはなぜか──肉球があるからだ。肉球むきだし、すなわち裸足。よし、把握。  さぎりは、履き慣れた靴を脱いだ。靴下も脱いだ。床が存外に冷たくて、思わず、うひょおうふ、とか言いそうになったが、こらえた。男子たるもの、この程度で、うひょおうふ、とか言うわけにはいかない。  教室のドアをそっと、時間をかけて開ける。そして、教室に身を滑り込ませると、目標の机に近寄る。椅子を動かすわけにはいかないので、机と椅子の間から手を入れ、哀れなクッキーの袋を突っ込んだ。 「ふ、ふふふ……」  思わず笑みがこぼえる。  作戦は完璧だ。    子どもたちが登校してくる頃、さぎりは満足して、教室の一番日が当たる場所で、すやすやと子猫のように眠っていた。  だから、教室に入ってきたミシェーラ・ベネットとジャンヌ・ツェペリが、机の中に入っていたクッキーを見つけて、どれほど驚き、喜んだのか、さぎりは知らない。 ●少女ライサの春  合唱祭が終わると、図書室はにわかに騒がしくなる。四月の自由研究発表会に向けて、資料探しをする生徒でいっぱいだ。社会や理科に関する書籍データは、引っ張りだこだ。特に今年は、ふたつの丘の歴史にまつわる資料が人気のようで、貸出中のマークがたくさんついている。エルメル・イコネンが知るかぎり、クラスでも何名かは歴史や「古代遺跡」をテーマにしているようだ。  放課後、ライサ・チュルコヴァは図書室を訪れていた。いつもと変わらない様子で、本棚を眺め、借りていく。家で毎日読んでいるのだろうか、返却期限が来るより先に返しに来ることが多いようだった。  エルメルもまた、同様に図書室を訪れていた。冬と違い、少しずつ日が延びていくのが、図書室にいても分かる。外が夕暮れに染まるまでかかる時間が、明らかに長くなってきている──そのせいで、時間が経ったのに気づかず、ついつい長居してしまうのだが。  本を探しながら、エルメルの目はライサを追いかける。  銀髪の少女は、今日も変わらず、本を眺めている──たったひとりで。  教室にいる時はそれほど感じないが、こうして図書室に一人でいるのを見ると、エルメルは自身が抱いている印象を強めていく。  ライサは、誰かと特別に仲良くなろうとしていないように見える。  責任感は強いし、合唱祭の練習の時のようにトラブルがあれば、率先して人の面倒を見ようとする。だが、それもトラブルが起こっている時だけで、それ以外はどこか周りから一線おいた場所にいるような気がする。誰かに誘われれば、ついていくことはある。だが、ライサが自分から他人を誘ったことは、ないように思えた。たいてい、誰かから働きかけがあって、初めて動くような──。  エルメルは、この日、勇気を出してライサに話しかけてみることにした。教室では周囲の雰囲気で受け流されそうだが、図書室なら一対一で向き合えるような、そんな気がした。 「モイ」  そうエルメルが声をかけると、ライサはこちらを向いて、不思議そうな顔をする。 「もい? 何?」  ああ、よかった。興味を示した──エルメルは、内心ほっとした。 「えっとね、ボクの家に伝わる挨拶の言葉。ずーっと昔のご先祖が、この言葉を使ってたんだ。やあ、とか、そんな感じの意味なんだ」 「ふうん。なんだか変わった響きね。挨拶に聞こえないわ」 「うーん、そう言われると、そう、なのかなぁ……」 「エルメルは聞き慣れてるもの、最初は何かと思っちゃうわよ」  そう言うと、ライサは笑った。  あ、とエルメルは思った。  自分に向かって、笑ってくれている。  なんだか胸が弾むような、思わず叫びたくなるような衝動が湧き上がる──これは、いったい何だろう? 「そっか、そうだよね」  エルメルがぎこちなく笑うと、そうよ、とライサもまた笑う。 「モイはモイッカって言うときもあるよ。他にもね、ありがとうって言うときは、キートスって言うんだ。あと、時々ボクのこと、クルタって呼ぶこともあるよ」 「へえ、なんかいろいろあるのね」  感心したようにライサが言う。 「お誕生日には、ヒュヴァーシュンテュマパイヴァーってお祝いするんだ。お誕生日おめでとうっていう意味」 「ヒュヴァー……なに?」 「ヒュヴァーシュンテュマパイヴァー」 「言えないって、そんなの……」  そして、お互いにくすくす笑う。 「わたしが知らないことって、いっぱいあるのね。学校でもたくさん勉強してる気がするけど、ちっとも追いつかないわね」 「ライサさんは、何か知りたいことがあるのかな? 図書室でよく見かけるけど、何か勉強してるの? 世界のこと?」  エルメルは一気に口に出してから、今のはさすがに唐突すぎたかも、と思ったが、ライサは特に何も思わなかったようだ。 「うーん、そうね……」  本棚に目をやって、しばらく考えこむ。 「知りたいっていうのかな、うん……たぶん、そうなのかも」  ライサの目は、ここではないどこかを見ているようだった。つつ、と本棚のケースに指をはわせる。 「何か、とか、そういうのがあるんじゃなくて、なんていうか……ちょっとは近づけるかなとか、分かるかなって」 「何に?」 「え」  エルメルが聞き返すと、ライサははっと我に返ったように、勢いよくエルメルに振り向く。 「今のなし」  エルメルの顔にぐっと指を突きつけて、なぜか異様に強く、ライサは言った。 「すごい勢いで忘れなさい。今すぐ」 「え、え、何を?」 「今言ったこと!」 「言ったって……?」 「いいから! もうおしまい!」  ライサの顔は、怒っているようで、それなのに今にも泣き出しそうにも見えた。 ●虹のまわりを一周半  その日、ぼくの友だち、ルン=ペルは、ぼくにこう言ったんだ。   (鉱石ラジオを作ろうよ!)     その日は、風力発電所のおじさんに風車の上に登らせてもらって、ぼくもルン=ペルも、すごく興奮したんだ。あんなに高いところで、風に吹かれるなんて、いったいどうやったら経験できるだろう! 海の向こうまで見えるんじゃないかって、すごくドキドキしたんだ。  だから、ぼくは、ルン=ペルが鉱石ラジオの話をした時、思わずこう言っちゃったんだ。    鉱石ラジオ? どうして?   (自由研究発表会があるだろ? きみはまだテーマを何にも決めちゃいないじゃないか)     あっ、忘れてた。   (ホラ見ろ。他の子たちは、とっくにテーマを決めてるぜ)    ルン=ペルは、なんだかんだいって、ぼくのことを心配してくれてるんだと思う。自由研究発表会のことも、ルン=ペルが言ってくれなかったら、直前になってあわててたかも。   (鉱石ラジオを作ったらさ。あの風車の上から見えた、ぼくたちの「ふたつの丘」でラジオ放送するんだ! きっとみんな驚くぜ!)    うん! やろう!  風車の上から見た景色とか、いっぱい話して、みんなを驚かそう!   (そうこなくちゃ! さあ、ラジオの作り方を調べたら、キットを見に行こう。お小遣いで買えるはずさ!)    ルン=ペルがそう言うと、なんだかぼくは自信が持てる。  ぼくの大切な、白いマントの友だち。   「おお、鉱石ラジオかい?」  学校の近くにある文房具店で、山野ニコ=トポが鉱石ラジオキットを手にした時、突然頭の上から声が降ってきた。弾かれたように思わず上を向くと、文房具店の店主が、ニコ=トポを見下ろしている。 「いいねぇ、おじさんもキミくらいの年頃に作ったもんだよ。音が鳴った時は嬉しかったねぇ」  懐かしむように、うんうんと頷きながら店主は話している。ニコ=トポは、どう返したらいいのか分からず、うつむくことしかできなかった。その様子を気にするでもなく、店主は話し続ける。 「作るのは初めてかい?」  ニコ=トポは、うつむいたまま、こくりと小さく頷いた。 「なるほどね、だったら、こっちのキットの方が作りやすい。説明も分かりやすいしね」  そう言うと、店主はニコ=トポが持っていたキットの上に、別の鉱石ラジオキットを重ねて置いた。たしかに「はじめてでも安心!」とケースに大きく書いてある。 「まあ、どちらも値段はそう変わらんし。作ってみたい方を選ぶといい。分からないところがあったら、いつでも聞きにおいで」  耳まで真っ赤になったニコ=トポは、また小さく頷くと、店主が勧めた方のキットを買って、足早に店を出ていった。    ああ、びっくりした。急に話しかけてくるんだもの。   (どうしたんだい?)    もう、ルン=ペルったら、どこに行ってたのさ。   (ごめん、ごめん。きれいなシールがあったから、ついいろいろ見ちゃってさ。さあ、帰って早速作ろうぜ!)    うん!    ぼくとルン=ペルは走って家に帰った。さっそく、メーカーのサイトから説明書データをダウンロードして、タブレットに読み込ませる。文房具店のおじさんが言ったとおり、説明書の通りに順番に組み立てていけばいいみたいだ。   (早くラジオ放送して、みんなをあっと言わせちゃおう! ぼくらならできるぜ! 放送用の原稿も書かなくちゃね)    ルン=ペルが言うと、ぼくはなんでもできるような気になる。  ふたりなら、どこにだって行けるし、なんだってできるはずだ。 ●幼き鈴夏の悩み  その少女は窓辺の閲覧スペースで、頬杖をつきながら、資料を眺めている。  ふたつの丘にある歴史資料館は、今日も閑散としていた。ここまで人がいないと、そのうちつぶれるんじゃないだろうか──瀬木戸鈴夏が、思わずそんな心配をしてしまうほどだ。 「調べなきゃいけないことばーっかり! ていうか、マジで体がふたつ欲しいわぁ」 「そうかい、そうかい。それは大変だね」  鈴夏が思わずこぼした愚痴に、資料館の学芸員──ケント・マクナマラがうんうんと頷く。 「鈴夏ちゃん、裂けちゃうの!?」  一方、悲鳴のような声を上げたのは、同じクラスの水無月千鳥だ。あれ以来、千鳥はなんだかんだ言いながら、鈴夏と一緒に行動している。今日も、資料館にやってきて、なんとなく資料を眺めていた。 「だめだよ、鈴夏ちゃん! 早まっちゃ!」  そう叫ぶと、本棚から持ってきた資料を放り投げて、鈴夏に抱きつく。 「だめだめ、そんなのだめー!」  べしべしと両手で背を叩き、鈴夏を必死に止めようとする。放り投げた資料は、ケントが見事にキャッチしていた。 「げふ。い、いや、あの、」 「だめー!」 「元気だねぇ」  少女ふたりと、初老の学芸員ひとり──三人だけの資料館は、人数の割にずいぶんとにぎやかだった。   「でもさぁ、ほんとに手が何本あっても足ら……じゃなくて、調べたいことがいっぱいありすぎだよ」  千鳥を警戒して、鈴夏はあわてて言い直す。 「一人で抱え込みすぎだよ、鈴夏ちゃん」  心配そうに千鳥が言う。突拍子もない暴走癖さえなければ、根本的に友人思いの少女なのだ。 「なんだか、悩みごとがあるみたいに見えるよ。いっつもひとりで調べ物ばっかりしてるし」 「うーん、悩みというか……謎かなぁ。悩みともいえるかもだけど」  鈴夏は、ふたつの丘にある通称「古代遺跡」と、校舎裏で見つけた謎の機械について調べようとしていた。そのために、ふたつの丘の過去の様子を知ろうと、資料館に通いつめているのだ。  写真データで見る限り、「古代遺跡」はふたつの丘ができた頃──正確には、記録が残されるようになった頃──にはすでにあったようだ。だが、街の歴史を調べると、「もはやその役目を終えた旧式の設備で、使用には適さない」といった程度のことしか書かれていない。  ではいったい何の設備なのかと調べると、「緊急用」とわけのわからないことが書いてあり、鈴夏は頭を抱えてしまった。 「なんだって古代遺跡が緊急用なのさ〜!」  通称「古代遺跡」は、一時期は撤去も考えられていたが、街の予算は他の重要な事業に充てるべきだと、今まで放置されているようだった。なくても困らないし、あっても困らないというレベルの代物らしい。  同じように「古代遺跡」を調べているクラスメートのジェシー・ジョーンズに話を聞いてみたが、目下調査中というだけで、何か特別なことが判明した様子はなかった。  校舎裏の機械にいたっては、ほとんど記述がない。記録に残すべき、重要なものではなかったのかもしれない。  もっと詳しく調べるなら、大人向けの資料に手を出すべきだろう。子どもでもすぐ理解できるレベルの資料では、限界があった。しかし、大人向けのものでは十歳の鈴夏には読めない単語も多く、難しい。辞書アプリを見ながら、一行ずつ読んでいるような状態だ。 「いいじゃないかね、協力すればいろいろできるかもしれないよ」  少女たちのやり取りを見ていたケントが、横から口を挟む。 「分担すればいいんじゃないか。あれもこれも、一人でやるのは大変だろう」 「そうだよ!」  千鳥ががたっと立ち上がる。その拍子で、座っていた椅子が後ろに倒れる。 「わたし、手伝うよ! ケントおじさんだって!」 「え、いや私は」  いきなり巻き込まれたケントは、思わず声を上げるが、千鳥はさっくり無視した。そもそも聞こえていないのかもしれない。 「ね! だから安心して! 鈴夏ちゃんの悩みは、わたしの悩みごとだもん!」  ぐいぐいと迫る千鳥に、鈴夏はとうとう根負けした。たしかに、別にひとりで調べなければいけない理由があるわけでもないし。 「まあ、いっか。じゃあさ、二人で分担して調べよ、」 「うん! がんばる!」  鈴夏の言葉を最後まで聞くこともなく、千鳥は抱きついて、当然のことながら、その勢いで鈴夏は見事に後ろに転んだ。 「あちゃあ」  ケントが、鈴夏の気持ちを代弁するかのように呟いた。  ●貝殻の上のヴィーナス  四月二十日──今ごろ、学校では自由研究発表会が行われているだろう。校内のあちこちに、研究発表の成果を表示する電子掲示板が置かれ、そこにはクラスメートたちの発表ポスターが表示される。一週間ほど表示は続き、その間、子どもたちは発表内容のことで質問されたら必ず答える決まりになっている。  ニコ=トポも、本来なら、発表の場にいるはずだった。  ごろんと、ベッドで寝返りを打つ。シーツの衣擦れの音しかしない。部屋はしんと静まり返っていた。父も母も、今は勤務時間で不在だ。    おなかが痛いと、ニコ=トポが担任のローマン・ジェフリーズに言ったのは、二時間目が始まる直前のことだった。 「大丈夫かい? 保健室までついていこう」  そう言ったローマンに、ニコ=トポは首を横に振った。ローマンは、無言で腰をかがめると、ニコ=トポと目線を合わせるように、顔を覗き込む──が、ニコ=トポはうつむいてしまって、その表情はよく見えない。 「……家に帰るかい?」  ローマンの言葉に、ニコ=トポは頷いた。     教室を出て、家に着くまでの間、ずっとニコ=トポは考えていた。  ──どうして早退してしまったんだろう。  鉱石ラジオも、発表会の時に読み上げようと思った原稿も、すべて完璧に揃えてあった。それなのに。    自問自答は、自室のベッドに寝転がっている今も続いている。  両親には、きっと学校から早退したという連絡が行っているだろう。  ふたりとも、今日は心配して早く帰ってきてくれるだろう。消化の良い、温かい夕食を用意してくれるだろう。柔らかな毛布をかけて、そっとなでてくれるだろう。  嘘だと見抜かれるかもしれない。  それでも、叱らずに、そっとなでてくれるだろう。     ルン=ペル、結局ぼくはどうするのが一番良かったんだろう?  おなかが痛いのは嘘だけど、帰りたいと思ったのは嘘じゃない。  でも、今、ラジオのことを考えると、気持ちがぐしゃぐしゃになりそう。それも嘘じゃない。    ルン=ペルの答えはない。    なんで、こんな気持ちになるんだろう。  早退するって言ったのは、ぼくなのに。  ぼくはやっぱり、発表をみんなに聞いてもらいたかったのかな。鉱石ラジオを見てもらいたかったのかな。   (放送しよう)    え?   (ラジオを放送しよう。ぼくらのラジオを聞いてもらおう)    でも、ルン=ペル。誰もいないよ。ここは学校じゃないんだ。ぼくたちしかいないよ。   (何を言ってるんだい、きみは。ラジオは、遠くにいる人だって聞ける。そうだろう?)    そうだけど……。そうだけど。   (やってみようよ。たしかに、クラスのみんなには聞けないかもしれない。今みんな学校だもんね。でもさ、誰かが聞いてくれてるかもしれない。ぼくらの声を)    でも。   (行こう、あの日見つけた、ぼくらのふたつの丘へ。鉱石ラジオは、学校なんかじゃない、ぼくらのふたつの丘にこそふさわしいのさ。きみはきっと、ラジオの声を聞いたんだ。ぼくらのふたつの丘から声を伝えたいって言ってる、鉱石ラジオの声を)    ニコ=トポは、友人の言葉に背を押されるようにして、家を出た。鉱石ラジオを持って、ふたりしか知らない、彼らだけの「ふたつの丘」に。  息を切らせて、「ふたつの丘」にたどり着いたニコ=トポは、ラジオアプリを起動させ、鉱石ラジオのスイッチを入れる。そして、タブレットに保存していた、自由研究発表会用の原稿を読み上げ始めると、鉱石ラジオから自分の声が聴こえてきた。   「HELLO,HELLO.この声が聞こえますか?」    ──原稿を読み終えた時、ニコ=トポは、ラジオアプリにメッセージ受信の表示が出ていることに気がついた。誰かがラジオを聞いていたのだろうか。同じラジオアプリを使っていれば、放送中の相手にメッセージを送ることができる。だが放送では、ニコ=トポの名前を出していないし、何より学校は発表会の真っ最中だ。少なくとも、学校の誰かではない。  恐る恐る、ニコ=トポはメッセージを開くと、ごく短く、こう書かれていた。    とても素敵な放送でした。  子どもの頃を思い出します。  ふたつの丘の、八月のおばあちゃんより。 ●雑木林でつかまえて  今日の千鳥は、やる気に満ちている。  ようやく鈴夏が抱えていた悩みを打ち明けてくれた──と千鳥は思っている──のだから、これに報わないわけにはいかない。休日を使って、学校の校舎裏に入り込む。今日は一日出かけると言うと、母親はお弁当を作ってくれた。  学校に着いた千鳥は、脇目もふらずに校舎裏の雑木林に入っていく。時計を見ると、午前十時。普段の休日なら、遅い朝食を食べ終えて、のんびりしている頃だ。家では、そろそろ母親が掃除や洗濯を始めているだろう。朝は、何かにつけて、電気を消費し始める時間だ。  鈴夏の話では、校舎裏の機械には、メーターのようなものがついていたという。鈴夏いわく、どうやら蓄電メーターらしい。二月の停電の後、いきなり数値が激減していたともいう。 「怪しいわ! 絶対怪しい!」  千鳥は目的の機械を発見すると、まずは周囲と機械の観察から始めてみた。  雑木林の中は、やはり薄暗い。まだ木々が芽吹いていないが、葉が生い茂る夏には、昼でもかなり暗くなるかもしれない。おととい雨が降ったためか、どこか湿った匂いがする。機械は大きく、古い。学校や病院にある蓄電設備と似ているが、明らかにこちらの方が旧式なのだろう。千鳥が見たことがある設備にはついていない、よくわからないパネルやボタンがついている。鈴夏が見つけたというメーターの表示は、話に聞いていた数値よりも、わずかだが増えていた。     Storage rate   4%/100%    ぺたぺたと触ると、手に泥がつく。相当長い間、ここにあるのだろう。泥を落としてみると、錆びた金属面が姿を表した。おそらく表面にされていだろうコーティングも、影も形もない。  パネルや付属の機器の出っ張りを足場に、千鳥は機械によじ登ってみた。  服が泥だらけになるのも気にせずに、とりあえずてっぺんに乗ってみる。なんとなく、征服したような気分になった。 「ん?」  ふと見ると、雨で汚れが少し落ちたのだろうか、深い色の板──汚れてわかりづらいが、どうやらかなり濃い緑色だ──が見えた。表面はガラス加工されているようで、つるりとした手触りだ。 「こういうの、何かで見たような……」  千鳥は記憶を探る──一月の社会科見学のとき、太陽光発電所で見た古い太陽電池に似ている。 「電気を作って貯めてるのかなぁ」  こんこんと叩いてみるが、当然答えがあるわけもなく、千鳥はあきらめて下に飛び降りた。  次に、ぐるりと機械の周りを歩いてみると、送電線らしきものがついているのに気づいた。埋設されているが、周囲の木々の根が押し上げてしまっているのだろう、うっすらと地表からでも存在が分かる。千鳥は、ひとまずその送電線が向かっている先を調べてみることにした。  念のため、持ってきた懐中電灯をつけて、地面を見る。地面のかすかな盛り上がりを追って歩いていく。下ばかり見すぎて、途中で三回ほど木に激突したが、千鳥のやる気を削ぐには至らない。追っていくと、学校の塀に阻まれてしまった。どうやら学校の外へとつながっているようだ。 「うーん」  千鳥はほんの一瞬だけ悩んだが、すぐさま塀に飛びついた。何度かジャンプを繰り返し、よじ登る。一気に視界が開けた。 「電気を使ってるところってあるかなぁ」  口に出してみたものの、それらしいものは見当たらない。街灯や住宅はあるが、まさかあんな古い蓄電設備を使っているはずはない。ましてや学校内にあるのだから。  千鳥は高さを気にせず、塀の上に立ってみた。風が吹く度に、千鳥の髪が揺れる。 「んー?」  ふと気づいた。表面は植物や泥に覆われ、「なんだかよくわからないが、なんとなく何かの建物っぽい形をしたもの」──通称「古代遺跡」がある。 「まさか、あれに?」  塀の外はアスファルトで舗装されていて、これ以上送電線の行方を追うことはできない。明確な答えは得られなかったものの、千鳥は確信めいたものを抱いた。  ──あの機械、「古代遺跡」とつながってる。 ●少女と本  自由研究発表会が終わったが、学校内にはどこかぴりぴりとした緊張感が満ちていた。それもそのはず、進級・卒業試験が来月に迫っているのだ。よほどのことがない限りは、進級・卒業は問題ないとはいえ、もしかしたら、という気持ちは消えない。特に、卒業する学年は、休み時間でも勉強する子どもが増えてきていた。しかし、シュリー・ジルカが在籍する学年では、まだそこまでのことはない。普段と同じように、テスト勉強をするだけだ。シュリーたちにとっては、卒業などまだ先の話だし、進級したからといって何かが変わるわけでもない。クラス替えもなく、おそらく担任が変わることもないだろう。  いつものように、シュリーは放課後、図書室へ来ていた。普段であれば、図書委員として司書のヴィヴィアン・フェイの手伝いをしたり、本を読んだりするのだが、今日は違った。 「ヴィヴィアン先生、あの、」 「あら、シュリーさん、どうなさいました?」  いつになく改まった雰囲気で話しかけてきたシュリーに、ヴィヴィアンが問いかけた。 「あの、お願いしたいことがあります」 「お願い? まあ、何かしら」  シュリーは意を決して言った。 「本を、私も本物の本が見てみたいんです」 「データではなくて、紙でできた本が?」  ヴィヴィアンの言葉に、シュリーは深く頷いた。 「紙の本がどんなものなのか、実際に、見てみたいんです。できれば、触ってみたいです……、あっ、あの、これはできればでいいです。できれば、で……」  あわてて付け足すシュリーの様子に、ヴィヴィアンは微笑んだ。 「触るのは難しいけれど、見るだけならできるかもしれませんわね」 「本当ですか!?」 「ええ」  ヴィヴィアンは頷くと、自分のタブレットでカレンダーアプリを起動させた。教師用なのだろう、シュリーが知らない行事や何かの会議などで、カレンダーは埋まっていた。 「来月、試験があるでしょう? 試験中は図書室もお休みになりますけど、その間に本の補修作業をしていますのよ」  紙の本は、劣化する。定期的に補修しなければ、やがてはぼろぼろになってしまう。ヴィヴィアンはいたずらっぽく、ウィンクして見せる。 「試験の最終日でしたら、シュリーさんも次の日の試験のことを気にせず、見学できると思いますわ。よろしかったら、来月いらしてね」 ●地上の星が瞬く頃に 「三、ニ、一──点灯!」  カウントダウンの後、街中の街灯という街灯に明かりが灯った。途端に、あちこちで歓声が沸き上がる。  これまでは電力事情を鑑み、治安や市民の安全のために設置されている街灯のすべてが点灯することは滅多になく、ローテーションで点灯・非点灯を繰り返していた。それは、節電だけでなく、各機器の消耗や交換を先延ばしにする意味もあったが、市民たち──特に幼い子どもがいる家庭──からは不評だった。  だが、それも水素発電が開始されるまでの話だ。  水素発電所からの送電実験が行われるこの日は、水素発電所内の光景がリアルタイムで配信されていた。これからは、夜になれば街中の街灯が灯り、安心して歩ける日々がずっと続くだろう。停電の心配も、古い地下・地上送電網のリニューアルが終われば、一気に解消されるはずだ、と父──片岡音彦が語るのを、春希は嬉しそうに見ていた。    立ち並ぶ街灯のすべてが、明るく夜の闇を照らしている。  今日ばかりは、子どもたちも夜ふかしが許される。まるでハロウィーンの季節のような、頬が思わず緩む雰囲気が街中に満ちていた。上空から街を見下ろしたら、地上の星のように輝いて見えることだろう。    しかし、そんな光景を、どこか寂しげに見る子どももいた。 「星、あんまり見えないね」  ぽつりと漏らすクロワ・バティーニュの言葉に、辻風麻里子は小さく頷く。その様子を、麻里子と手をつないだ弟の海斗は、不思議そうに見上げている。 「おほしさまー? いないの? どこかへいっちゃった? ばいばい?」 「ううん、いるよ。お星様は、ちゃんといるよ」  弟の言葉に、苦笑いしながら麻里子は答え、夜空を見上げた。そこには、今日も満天の星空が広がっているはずだった。今夜は、街を照らす人工の明かりに、星の瞬きはかき消され、よく見えない。   -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- 【PC】 ・御堂花楓 ・柳瀬小唄 ・西藤はるせ ・瀬木戸鈴夏 ・水無月千鳥 ・ジャンゴ・リーボリック ・白戸さぎり ・エルメル・イコネン ・山野ニコ=トポ ・シュリー・ジルカ 【ちょっとだけ出てきました系PC】 ・陳宝花 ・御手留乃歌 ・皆藤華名 ・ジェシー・ジョーンズ ・クロワ・バティーニュ ・辻風麻里子 【NPC】 ・ライサ・チュルコヴァ ・駅の青年職員 ・ケント・マクナマラ ・ヴィヴィアン・フェイ 【ちらっといたね系NPC】 ・陳宝陽 ・キルシ・サロコスキ ・ローマン・ジェフリーズ ・駅の男性職員(窓口業務担当) ・白戸さぎりの母 ・ふたつの丘の、八月のおばあちゃん ・水無月千鳥の母 ・片岡音彦 ・片岡春希 ・辻風海斗