-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第2回リアクション 02-X 消えてしまった願いも 僕は忘れないから --------------------------------------------------  ──魚を食べると頭が良くなるのよ。  平谷杏樹は、いつだったか母がそう言っていたのを思い出した。だから、母にねだった。入院している先生のために、魚の煮付けを作って、と。  青魚の切り身を四切れ、水と醤油を大さじ四杯。  酒を大さじ二杯、砂糖は大さじ三杯。  適当に切った生姜をひとかけ分。  歌うようにレシピを教えてくれる母と一緒に、キッチンに立った杏樹は、おっかなびっくりといった手つきで、言われた通りの分量に調味料を取り分けていく。 「キルシ先生、喜んでくれるかなぁ?」  杏樹の言葉に、母は黙って髪を撫でてくれた。  魚といっても、本物ではない。人工に作られ、最初から切り身になっている。それが、ふたつの丘では一般的に「魚」と呼ばれるものだ。  ──本で見た魚は、こんな形してなかったなぁ。  変なの、と杏樹は思った。    できあがった魚の煮付けは、タッパーに詰めて、傷まないように保冷剤と一緒に布でくるんだ。 「病院のご飯だけじゃ、つまんないもんね」  杏樹は飛び跳ねるように、春の日差しの下、病院へと向かった。 * * * 「せっかく持ってきてくれたのにね……」  看護士──フェリシテ・サン=ジュストは、ぽつりと言った。その手には杏樹が持ってきたタッパーがあるが、中身はすでになく、きれいに洗われている。  キルシ・サロコスキを始めとする、あのフロアの入院患者たちの食事は厳しく制限されている。彼女たちに差し入れすることは可能だが、実際にそれを口にすることはなかった。  フェリシテはため息をつく。キルシが食べていないと知ったら、あの子はきっと悲しむだろう。キルシと口裏を合わせることもできるが、それははたしていつまで可能だろうか。煌々と灯る街灯を眺めながら、看護士はもう一度ため息をついた。