-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第3回リアクション 03-A ふたつの丘の陽のもとに -------------------------------------------------- ●What A Wonderful World  五月は卒業、そして進級・進学のシーズンだ。芽吹く緑に囲まれながら、子どもたちは次の世界へと巣立っていく。  大人たちは子どもたちの背中を頼もしく、そして半ばさみしく見守っている。いつまでも手の届くところに置いてくことはできない。だが、そうと分かっていても、何くれとなく世話を焼いてしまう──時にはまるで自分の付属物のように。それが、子どもにとっては嬉しい反面、煩わしいものなのだと、いつの間にか忘れてしまっている。  今月末には、水素発電所が本格稼働する。来月には新しい情報通信衛星が打ち上げられるという。  子どもが将来の夢を抱くように、大人たちもまた宇宙への夢や希望を捨て切れない。ここで生きていくと選択したのは自分たちだ。ならば、ここを生きるに値する素晴らしい世界にするのが、自分たちの役目だ。大人は、そう信じている。子どもたちもやがて自分たちと同じ思いを抱いてくれると信じて。 ●少女たちの時間  エルシリア・ソラは内心、頭を抱えていた。彼女を悩ませているのは、つい先日、親に嘘をついて泊り込もうとした「古代遺跡」で見つけたメッセージ──「あなたは誰?」だ。  夜になったら何かあるはず、とは思っていたが、いざ本当に事が起こると、どうしていいやら、エルシリアにはいいアイディアが浮かばない。ちらりと、探検部のメンバーたちの顔が脳裏をよぎる。彼女たちの協力を得たいところではあるが、そうなると、そもそもなぜ夜に「古代遺跡」にいたのか、そこから説明しなければいけなくなる。たとえバレて親に叱られるとしても、それは腹をくくって受け入れるつもりではある。だが問題はひとつ──葉柴芽路とのことだ。  一晩悩んで、エルシリアはいよいよ決断した。 「たまたま、ということにしましょう」 「たまたま」  昼休みの校舎の影で、オウム返しに芽路が言う。 「この間見たアレ。探検部の子たちにも教えようとは思うんだけどね」 「あー……たしかに、その方が良さそう」 「あのメッセージは、たまたま見つけちゃったっていうことにしようと思うの。だって、わたしたちのことは、わたしたちの秘密にしておきたいじゃない?」  ぐっと拳を作って、エルシリアは言った。 「秘密」 「そう。女の子の秘め事は大事にしないといけないって、お母さん言ってたもん」 「そ、そっか」  自分も「女の子」の範疇に含まれるのだ、とふいに気づいて、芽路は思わず頬が熱くなった。   ●いま集合的団結を、  放課後、エルシリアと芽路は、今日も「古代遺跡」へ向かおうとする探検部メンバーたちをさり気なく引き止めた。進級試験が間近に迫り、クラスではにわかに勉強会が流行りだしている。探検部たちは、「古代遺跡」で勉強会を行なうというエクストリーム勉強会──なお、実際に試験勉強をしているかどうかはエクストリーム勉強会の定義には含まれない──を編み出すことにより、試験前でも「古代遺跡」の調査を継続していた。 「ねえ、ちょっと話があるんだけど……」  エルシリアの声に、ジェシー・ジョーンズは元気よく振り向くが、返ってきた言葉はどうにもちぐはぐだった。 「そうネ、一緒に勉強しましょう! お互いに教えあうって素敵ヨネ!」  必要以上のボリュームで言うあたり、どうやら彼女なりの対外的なアピールらしい。 「じゃあ、行こうか」  何気ないふうを装いながら加藤守住が言うと、結局ぞろぞろと、いつもと変わらぬ面々で「古代遺跡」まで行くことになった。  道すがら、エルシリアと芽路は、水素発電実験の夜に見たことを、探検部のメンバーたちに話した。 「マジかよ……」  興奮を隠し切れない様子で、何度も髪をかきあげながら、ビス・エバンスが言った。 「それって、あの変なモニターみたいなところに写ってたの? 他には何かなかった?」  ジズ・フィロソフィアも、矢継ぎ早に疑問を口にするが、芽路はふるふると頭を振った。 「あたしたちが見たのは、さっき話した"あなたは誰?"ってやつだけ。むしろ、あんたたちの方が「古代遺跡」には詳しいんじゃないの?」 「それを言われるとなぁ」  守住が苦笑する。 「ともかく、探検部としてはこの謎に挑まないわけにはいかないワ!」  ぷるん、とジェシーが熱く拳を振り上げながら言った。 「いよいよ、ふたつの丘に封印された謎が目を覚ます時が近づいているのだワ……!」  血沸き肉踊る冒険活劇を夢見る乙女の目で、ジェシーはくるくると踊るようにステップを踏んでいる。そのたびに、くせっ毛のポニーテールと、十歳児の常識を覆すボリューム感あふれる胸が、ぷるるんと揺れた。 「あなたは誰ってことは、ボクたちが誰だか尋ねてきてるんだよね」 「だと思う」  ジズの言葉に、エルシリアは頷いた。 「それが誰なのかはわからないけど……」 「わからないことは、これからわかればいいのヨ! ワタシたちなら、きっと謎を解明できる! なぜってワタシのタブレットに不可能の文字は登録していないもの! 削除済みよ!」  はたして、彼女たちが「古代遺跡」に到着した時も、まだメッセージ──「あなたは誰?」は表示されたままだった。ぼんやりとモニターに浮かび上がるその言葉に、探検部たちは思わず息を呑む。  【Re:emergency call】  あなたは誰?  結局、その日はメッセージを念のためタブレット内蔵のカメラで撮影し、データとして残すだけにとどまった。念入りに調査を始めたいところだが、彼女たちの前には厄介な問題がひとつ。 「試験さえなければなぁ」  ジズが、ほの暗い遺跡の中で、そっとため息をついた。 ●突撃少女・千鳥(改) 「……どう思う?」 「なんともどうにも」 「だよねー」  日は長くなってきたとはいえ、もう空は夜の色に塗り替えられつつある。エルシリアと芽路は、探検部と別れて帰路についていた。その後ろを、ちょこちょこと、微妙な距離を置いてついてくる影がひとつ。 「隠れてるのかな?」 「たぶん……」  おそらく話しかけるタイミングを見計らっているのだろうが、ついてきているのはバレバレである。二人の後を追うために前方に集中しすぎているのか、たまに「ひゃあ」とか声を上げているのは、石か何かにつまずいたからだろう。 「こっちから言ってあげた方がいいのかな」 「たぶん……」  二人はしばらく顔を見合わせていたが、やがて後ろを振り返ると言った。 「千鳥ちゃん、何してんの?」 「わはぁ!?」  文字どおり飛び上がるように驚いたのは、二人のクラスメート──水無月千鳥だった。切りそろえられたおかっぱの髪が、本人の動揺にシンクロするように、あわあわと揺れている。 「え、えっと!」  声をかけられるとは思っていなかったのか、千鳥は明らかに動揺している。たぶん、この様子では、彼女が言おうと思っていた言葉は銀河の彼方までスイングバイして飛んでいったのだろう。 「どうしたの? 何か用?」  エルシリアが話しかけると、あわあわと千鳥は答えた。 「えっと、えっとね、止まっちゃってると思ってたんだけど、そうでもないみたいだから、気になってて、それで調べたらやっぱりそうじゃないかなって思ったし、あとメーターがね減ったり増えたりしてるの知ってた?」 「……えっと?」 「メーター?」    とりあえず、千鳥が落ち着くのを待って──思いのほか時間がかかったので、途中から芽路は空の星を数えていた──、彼女に一から説明させてみた。要するに、千鳥が調べているという学校裏の謎の機械が、どうやら「古代遺跡」とつながっているということだった。しかも、その機械にはメーターがついており、増減を繰り返しているのだ。 「たぶんね、電気だと思うの」  千鳥が言った。 「あの「古代遺跡」に電気を送ってるってこと?」  芽路の問いに、こくんと千鳥は頷いた。 「たぶん。でね、だから「古代遺跡」ってなんだかわからないけど、きっとまだ動いてると思うの! だって電気が通ってるから。でも「古代遺跡」って電気がいるの? 遺跡なのに? あ、あとね鈴夏ちゃんがあれを最初に見つけたんだよ、すごいよね!」  勢い込んで話す千鳥に圧倒されながらも、思わずエルシリアと芽路は顔を見合わせた──「古代遺跡」は稼働しているのだ、おそらく、間違いなく。 ●Re:がいっぱい  夜──とはいっても、まだ空は明るく、ようやく一番星が輝きはじめた頃だ。進級試験中は、さすがの探検部も集まりが悪い。厄介事を片付けてから、ゆっくり調査しようというのが探検部全体の考えだった。しかし、個々人の活動までは制限しないのも、また探検部のポリシーだった。そういうわけで、進級試験中ということは頭の片隅に追いやって、ジズは「古代遺跡」に訪れていた。しばらくすると、エルシリアもやってきた。掃除と花壇の世話のついでに、モニターに変化がないか見に来たという。  ジズは、連れてきた飼い猫が頭を足にすりつけてくるのを無視して、じっとモニターを睨みつけた。 「これ、ずっと表示されてるの?」  ジズの言葉に、エルシリアが頷いた。 「うん……ずっとこのままだね。わたしたちが見つけた時と、何も変わってない」 「これにさ、返事ってできるかな?」  ジズが言うと、エルシリアが目を丸くした。どうやら、考えていることは同じだったらしい。 「できる……と思いたいけど、でもどうやって?」 「う……それは、わからないけど」  そう答えつつ、ジズはモニターをじっと睨みつけた。  【Re:emergency call】  あなたは誰?  ──あなたは誰、だって?  ジズはぐっと唇を噛んだ。  ──そんなの決まってる。ボクはボクだ!  この機械がいったい何を聞きたいのかは分からないが、知りたいというなら教えてやるまでだ。  でも、どうやって?  ジズはモニター周辺を見回す。外部からの操作を受け付けそうなのは、備えつけられた旧式のインターフェース──キーボードだけのようだ。何をどうすれば、これに言い返せるのかは今のところわからないが、それでもジズは毅然とした態度でモニターに向かって言った。 「ボクはボクだ! きみこそ誰なんだ!?」  勢いよく、ばしんとキーボードを手のひらで叩く。タッチパネル式インターフェースにはない、無骨な感触が手のひらから伝わってくる。 「……何も起きないね」  そうエルシリアが言いかけた時だった。  【Re:Re:emergency call】  あなたは誰?  エンコード開始 「あ、れ?」  今まで見たこともない文字列が、唐突に表示された。  エンコード完了  送信開始 「送信……? どこかに何かを送ってる?」  ややあって、モニターには「送信完了」の文字が表示された。 「……送っちゃった……のか、な?」 「たぶん……完了って出てるし……」  ふたりは顔を見合わせる。  あなたは誰と聞いてくる誰かに、ジズの声は届いたのだろうか? ●わが名はジェシー、文句あるか  ジェシー・ジョーンズは言った。 「決起集会よ!」  それはちょうど、進級試験最後の科目が終わり、ほっとした空気に教室が包まれた時のことだった。勢いよく立ち上がったため、椅子ががたんと景気よく後ろに倒れたが、そんな些細なことを気にするジェシーではなかった。 「船頭が多ければ船は山に登れる! 頭数がそろえば、夢はきっと叶うという意味のコトワザ・ワードよ」 「そうだっけ?」  守住が首を傾げるが、当然のことながらジェシーは気に留めない。探検部のチャメシ・インシデントのひとつである。 「ようやく念願の顧問も手に入れたことだし……あのぽややん先生ってのは気になるけど……ここはひとつ、みんなの心を改めてひとつにするべき時ダワ! あと試験終わったから打ち上げネ!」  発想が微妙に納期が済んだ会社員のようだったが、確かにようやく試験が終わったのだから羽根を伸ばしたいところではある。 「パーティ会場はもう手配済みだから安心してチョウダイ」 「は、はあ……」  いつものようにジェシーの勢いに飲まれる探検部一同は、荷物を置いたらここに集合ね、と中華料理店「宝花」への地図を示された。 「あれ、メンマの家でやるの?」 「そうよ。美味しいし、あと他にお店知らないモノ。じゃ、お店に集合」 「ベネディクト先生はどうするんだ?」  ビスの言葉に、ジェシーは不敵に笑ってみせた。 「当然よ、連れて行くわ。というか食事をするならお財布は必要デショ」  こともなげに言ってのけるジェシーに、男子一同は戦慄したという。  一時間後、探検部とその顧問、ベネディクト・ハンゼルカは中華料理店「宝花」の一席で、乾杯の音頭を上げていた。子どもたちはジュース、ベネディクトは子どもビールだった。 「先生、なんで子どもビールなの?」 「いやほら、昼間だし」  やがて運ばれてくる料理とともに、ジェシーは宣言した。 「では、ここに改めて探検部の発足を宣言するワ! あ、ほらメンマも! お手伝いもいいけど、今は大事な時ナノ!」 「なんで宝花までいなきゃいけないんダ?」 「強敵(と書いて友と読む)ダカラ!」 「はぁ……」  状況がつかめないままに引っぱり出された陳宝花だったが、手伝い用のエプロン姿のまま、なんとなくその場のノリで席についた。 「では……」  咳払いをして、ジェシーが立ち上がる。右手には、なみなみとジュースが注がれたコップ。 「開拓者たちが星の瞬きを目指したように、ワタシたちは夏休みの間に「古代遺跡」の謎解明を目指すワヨ! あと夏休みが明けて、新学期になったら新入生も勧誘するから、今からご近所の兄弟姉妹お友達にめぼしいのがいたら、確保しておくようにネ! それが勝利のゴルディアス・ホイール! では、カンパーイ!」  後半部分から明らかに乾杯の音頭というより業務連絡だったが、探検部たちは特に気にすることなく、コップを手に乾杯した。 「あはは、なんだか本格的だねー」  のんきに笑う顧問に、ジェシーは尋ねた。 「先生も、昔「古代遺跡」に挑んだのでショウ? 何か知っていることがあったらキリキリおっしゃってくださいネ」  ジェシーの言葉に、探検部たちの好奇心で輝く目が、一斉にベネディクトに向けられた。 「そうだなぁ。君たちと同じくらいの年だったかなぁ」  ベネディクトは何かを思い出すような、遠い目をして話しだした。 「誰かが、あれを「古代遺跡」と呼び出したんだ。誰だったかは忘れたけど……いつの間にか、みんなそう呼ぶようになっていたよ」 「え、最初から「古代遺跡」じゃなかったんですか?」  呆気にとられたように、ジズが言った。 「そうなるねー。とはいっても、あれは相当古いものには間違いないから、まあ「古代遺跡」呼ばわりもあながち間違いじゃないと思ってるよ。実際、遺跡みたいなものじゃないか」 「そ、そうなんだ……」  メンバーたちはなんとなく意気消沈するものの──釣られて、なぜか宝花までため息をついた──、古いのだから「古代遺跡」で合ってる、とすぐに思い直した。 「今でこそ、みんながきれいに掃除してくれたから、中に入りやすくなっているけどね。昔は草ぼうぼうで入るのも結構大変だったよ」 「先生も中に入ったことがあるんですか?」  守住の問いに、ベネディクトは笑って頷いた。 「そうそう、ローマン先生たちと一緒にね。何度か忍びこんでは、探索したよ。でも結局、僕たちは何も見つけられなかったね。中に変な機械とかあったろう? あれも解体してやろうと思ったんだけど、どこから解体すればいいのか分からなくてねー。最初の船に積まれてたっていう設備と見た目はよく似てたから、動かせるかと思ったんだけどなぁ」 「それで、結局どうなっちゃったんですか?」 「それがねー。ローマン先生が中で怪我をしてしまってね。おかげでジェフリーズ先生……あ、これはローマン先生のおばあさんだよ。僕たちの頃の校長先生。鬼のジェフリーズなんて呼ばれるほどおっかない人で……怪我したローマンまで一緒になってそりゃもうひどく叱られちゃってさ」  今でも夢に見ちゃうよーと、ベネディクトは子どものような顔で笑って言った。 ●星の駆動体  決起集会という名の食事会が進む中、クリス・グランヤードは、居心地悪そうにジュースをひとくち飲んだ。 「べ、別に入部したつもりなんか、ないんだからな!」  そう言いながらも店を出ていこうとはしない。ジェシーにとっては、クリスもなんだかんだいって部員扱いらしい。来るもの拒まず去る者追わず──それが探検部だ。 「ところでクリス、教えてもらいたいことがあるんだが」  そんなクリスに話しかけたのはビスだった。 「な、なんだよ、急に」  どぎまぎしながらクリスが言うと、ビスは使っていた箸を取り皿に置き、手首につけた赤と青のシリコンバンドをいじりながら話し始めた。 「俺たちは「古代遺跡」そのものを調べてるけど、クリスはいろいろと資料を調べたりしてるだろ? だからお互いに知ってることを教えあって、共有した方がいいんじゃないかって思ってね」 「あ、ああ。ビスにしてはいい考えだと思うよ」 「じゃあ、まずはこっちから。エルシリアと芽路が「古代遺跡」で不思議なメッセージを見つけたんだよ」 「えっ、何それ」  思わず素に戻って、クリスは聞き返す。 「あなたは誰──って表示されてたんだ。試験が始まったから、詳しいことはまだなにも調べてないけど……ともあれ、あの「古代遺跡」には間違いなく何かある」 「あなたは誰、か……。そう聞いてきたってことは、少なくとも意志がある存在ということになるね」 「ああ、それが誰なのかはわからないけど……そいつは俺たちとコミュニケーションを取りたがってるんだ」  クリスの指摘に、ビスは何度も深く頷いた。 「じゃあ、次はボクの番か……」  クリスはそう言うと、ジュースをひとくち飲んでから話し始める。 「兄さんたちに聞いてみたんだ。ボクたちはどこから来たんだって。ボクたちがどこから来たのか知ることは、あの「古代遺跡」を作っただろう昔の人たちのことを知ることでもあるから」 「なるほどなぁ」 「調べ物をしていて、読めない、知らない言葉があったんだ。その……読めないっていうのは、ボクたちがまだ習ってなかったっていう意味だからな! 勘違いするなよ! ……で、ちょっと悔しいけど兄さんたちに教えてもらったんだ」  まだお前の学年では習っていないだろうから、読めなかったんだな。そう言って、兄はクリスの頭を、まるで幼い子どもにするかのように撫でた。兄が弟に見せる年長者としての優しさ──それはクリスにとって、なんだか少し屈辱的でもあった。まるで、子ども扱いされているようで。  クリスは頭を振って気を取り直すと、兄から教えてもらった言葉を、教わったとおりに繰り返す。 「──わたしたちの先祖は、果てしない距離を旅してきました。遠く故郷太陽系に位置する地球を離れ、新天地を目指してきたのです」 「タイヨウケイ? チキュウ?」  ビスが首を傾げる──なんだ、それ?  クリスはビスの疑問には応えず、淡々と話し続ける。 「星間移民は大事業であり、当時の地球統一政府の一等書記官であるイーヴ・ベシエールの言葉が示すように、これは今までの歴史の中でも、もっとも重要で輝かしい偉業であり、進化そのものでさえあると言えるでしょう」  それからクリスは一呼吸おいて言った。 「ボクたちは……ボクたちの先祖は、ここじゃない、どこかとても遠くにある星からやってきたんだ」 ●故郷にそっくりな星  ビスは緊張を隠せなかった。隠しているつもりなのだが、どうもたぶん上手くいっていない。 「わあ、おいしい」  そう言って紅茶を飲んでいるのは、同じクラスのミシェーラ・ベネットだ。  ──なんだって、ミシェーラがいるんだろう。  ビスは落ち着かない気持ちを隠そうと、出された紅茶に口をつけるが、まだ熱くて危うく舌を火傷しかけた。きょろきょろと室内を見回す──落ち着いた色合いの壁紙に、風にそよぐレースのカーテン。棚に飾ってあるデジタルフレームには、幼い少年が映し出されている。窓越しに見える庭には、薔薇が咲いている。相当丁寧に手入れをしているのだろうか、まるでどこかの庭園のようだ。  ──早く来ないかなぁ。  ビスは何度目かのため息をそっとついた──このままじゃ女子と二人っきりなんだけど。  夏期講習が始まった六月、ビスは思い切ってある人の家を訪ねることにした。  オーガスタ・ジェフリーズ。  ビスの担任である、ローマン・ジェフリーズの祖母だ。  名目こそ、勉強のためと言っているが、実際には「古代遺跡」について知るためだった。わからないことは知っていそうな人に聞こうと、ビスはオーガスタに白羽の矢を立てたのだ。  ビスが考えたのと同じように、ミシェーラもまたオーガスタの自宅を訪れていた。先日、たまたまオーガスタの自宅を訪ねることになったミシェーラもまた、「古代遺跡」について興味を持って調べていた。とはいっても、ビスのように探検部として活動しているのではなく、個人的に資料を調べたりしている。 「ビスくんも、オーガスタおばあちゃんに聞きたいことがあるの?」  不意に話しかけられて、危うくビスは紅茶をこぼしかけた。 「あ、ああうん。そんなところ」 「そうなんだ。私もなの」  ミシェーラは何気なく微笑むが、ビスはどう返していいやら迷ってしまう。教室で接しているときはなんとも思わないのに、二人きりとなると、何を話題にしたらいいのか、ビスはすぐには思いつかなかった。「古代遺跡」の話にしても、探検部メンバーではないミシェーラにどこまで話していいものやら、と思っていると、やがてクッキーをたっぷり載せた皿を持って、オーガスタが現れた。 「ごめんなさいね、ちょうどいいお皿がなかなか見つからなくて」  上品に笑うオーガスタに、ミシェーラがにこやかに挨拶する。以前に訪れたことがあるだけに、慣れた雰囲気だ。 「それで、なんでしたっけ……「古代遺跡」だったかしら。面白い名前をつけたものね」 「この間はお話ありがとうございました」  ぺこりと頭を下げるミシェーラに釣られるように、思わずビスも頭を下げた。 「いいのよ、ミシェーラちゃんのお役に立てれば。ビスくんでしたっけ? あなたもミシェーラちゃんと同じ、ミステリーハンターなのね」  くすくすと少女のように笑うオーガスタに、何と答えたらいいのか、ビスは口ごもりながらもとりあえず「はい、まあ」とだけ言った。 「今日は何をお話すればいいのかしら?」 「オーガスタおばあちゃんは「古代遺跡」のことを、もう使わないって言ってましたけど、あれってどういう意味なのかなと思って……」  ミシェーラは、以前オーガスタの話を聞いた時から疑問に思っていたのだ。 「修理する意味もないでしょうけどねぇ」 「そもそも、直してまで使うようなら、わたくしたちのご先祖様は、こんなところまでやってはこないはずですよ」  その言葉は、ミシェーラにはさっぱり意味が分からなかった。確かに「古代遺跡」と呼ばれるからには、昔の人──つまりミシェーラのご先祖様たちが関わっているのは間違いないのだろうが。 「ああ、なるほどね」  オーガスタは、ミシェーラの問いに合点がいったのか、笑顔で答えた。 「それはね、ご先祖様たちは望んでここまでやってきたからですよ」 「望んで……?」 「星間移民……ですよね?」  ビスが思わず口を挟むと、オーガスタは意外そうな顔をしたが、やがて大きく頷いた。 「そうですよ。ビスくんはとっても勉強熱心なのね! まだ習わない学年だと思っていたけれど、さすが興味があるだけあって、いろいろ調べているのね」  またしても意味が分からず、ミシェーラは戸惑った。 「あ、あの、セイカンイミンって……?」 「星間移民というのはね、わたくしたちが今ここでこうして生きているきっかけでもあるのですよ。大昔に、ご先祖様たちは新天地……新たな生活の場を求めて、生まれ故郷を旅立ったの。ご先祖様が住んでいたところは、もう手狭になってしまってね。詳しくはそのうち学校で習うと思うのだけど、えいやっと思い切って外まで飛び出すことにしたのよ。本当の目的地はもっと別のところで、ここについたのは不慮の事故らしいんだけど、まあそれも結果よければ全て良し、よね。こうしてわたくしたちは暮らしていられるんだもの」 「えいやって……」  なんだかわからないけど、ずいぶん軽いノリで来ちゃったのかなぁと、ミシェーラは不安になる──が、引越しも掃除も思い切りが大事なのだ、と母がよく言っているのを思い出す。そういうものなのかもしれない。 「もう戻れない……帰らない覚悟を決めていたのでしょうね。それほどの気概がなくちゃ、そもそも星間移民なんてものに参加したりはしないでしょう。ミシェーラちゃんやビスくんが「古代遺跡」と呼んでいるのは、確か最初の船……というのは、ご先祖様たちが乗ってきた船のことなんだけど、それに載っていたものだったはずよ。新天地を求めてここまで来たんだもの、腹をくくって退路を断つつもりだったんじゃないかしらね」   ●グッドラック ― 突撃少女・千鳥  千鳥は今日もまっすぐ校舎裏に向かっていく。傍から見れば、雑木林に入って遊ぶ、孤独な子どもと思われてしまうかもしれない。だが、千鳥には目的がある。やらねばならないことがある。千鳥の調査結果を、今か今かと首を長くして待っている友がいる(というのが千鳥の認識である)。  慣れた足取りで雑木林を進んでいくと、やがて見慣れた機械が姿を表す。  千鳥は毎日、この機械に取り付けられたメーターの数値をチェックしていた。認められるなら、夏休みの自由研究として提出したいくらいだ。   Storage rate   11%/100%  少しずつだが、メーターが示す数値は増えていっている。  あとでグラフにまとめておこうと、千鳥はタブレットに記録を取り終えると、そのまま真っすぐ進んで、校舎裏の壁まで行き着いた。 「せーのっ」  掛け声とともに、千鳥は壁をよじ登った。スカートの下にはドロワーズ。ぱんつじゃないから恥ずかしくないもん。 「よいしょっと……」  やがてそう時間もかけずに、千鳥は壁を登り切った。そして、何の躊躇も恥じらいもなく、そのまますとんと壁の外に飛び降りた。ふわっとスカートが広がるが、スカートの下にはドロワーズ。大事なことなので二度ほど言います。ぱんつじゃないから恥ずかしくないもん。  なぜ、千鳥がわざわざ壁を登るのかといえば、いちいち正門まで戻るのが面倒だという、ただそれだけである。  おかげで、このところ毎日服を泥だらけにして帰ってくるのよ、と千鳥の母が不思議そうにしている。千鳥の父は「元気があってよろしい」と笑って済ませているが、そんなことを言って、洗うのは私なんですよ、とたまに剣呑な雰囲気になったりして、それをなだめるためにたまにはふたりで食事でもどうだいと父は毎度毎度言うハメになっているのだが、それは千鳥の冒険とは何の関係もない話である。 ●遺跡探査機 元気一番  探検部+αは、今日も「古代遺跡」に訪れていた。外の日差しは日に日に夏へ近づいていくが、「古代遺跡」の中はひっそりと、時が止まったままのように静かな空気が漂っている。  今日は、例のモニターとの意思疎通実験を行うことになった。まず、芽路がぼんやりと灯るモニターの前に、タブレットに表示させた文字をかざしてみたが、特に変化はない。次にクリスが、古いシャツに口紅──母親のお古を持ってきたらしい──で書いた言葉も同様に、モニターには無視された。 「おーい、聞こえますかー」  芽路がそう話しかけてみたが、やはり反応らしい反応はない。守住がぱたぱたと手を振ってみせるが、やはり何も起きない。  【Re:emergency call】  あなたは誰?  【Re:Re:emergency call】  あなたは誰?  それが淡々と表示される以外には、何も起こらない。 「見えてない、のか?」  守住がぽつりと言う。モニターは、守住たちが知るように、外部に情報を表示させるものであって、ここから何かが入力できたりできるようなものではないらしい。今どきタッチパネルですらないとは、古臭いにも程がある、と守住は思ったが、すぐに思い直す──当たり前だ、これ「古代遺跡」だし。 「タブレットとか、接続できそうな感じでもないしね」  ジズがあちこちを見回しながら、残念そうに言った。外部装置と接続できそうな端子はいくつか見つけたのだが、ジズたちが日頃使っているようなタブレットやモバイルとは明らかに形が違っていた。やはり古い機器だけあって、現在の道具とは互換性はこれっぽっちもないようだった。  つるりとした人工的な質感は、時の流れに置き去りにされたように、ただひっそりとそこにあった。誰からの干渉も受け付けまいと、頑として口をつぐんでいるようにさえ見える。 「やっぱり、これを使うのかな」  クリスがふとキーボードを指さした。 「昔の機械は、こういうので入力作業をしてたって、兄さんたちも言ってたし」  単語ひとつにつき、ひとつのキー──昔の人は、いちいちこれを打っていたのかと思うと、クリスは想像しただけで、その面倒くささに気が滅入る。タッチパネルや音声入力、視線入力に慣れたクリスには、それはひどく効率の悪いもののように思えた。 「これで、何か入力できたりするのかしら」  エルシリアが、ひとつキーを押してみる──E n erと書かれた、他に比べると大きめのサイズのキーだ。中途半端に字の間が空いているのは、塗装がはげてしまったからだろうか。  すると画面に、ぽんとダイアログらしきものが表示された。  受信中 「あ、あれ?」  思わぬ反応に、エルシリアは慌ててキーボードから手を離した。  自動受信完了  エンコード開始  エンコード完了  モニターを見上げる探検部+αの存在など気にも留めないといわんばかりに、淡々と表示が切り替わっていく。   やがて、そこに新しい文字列が表示された。  【Re:Re:Re:emergency call】  返信?   誰かいるの? ●我名付けて世界あり  再びメッセージが表示された次の日。芽路は思い切って、モニターの前に立った。  指で押してみると、それは確かな感触とともに、モニターに文字をぽつんと表示した。 「わ、できた」  芽路が慌てて指を離す。  今どき見かけない、旧式のインターフェース──キーボードに触れるのは、これが初めてだった。一文字ずつ押して入力するなんて、なんて面倒なんだろう。芽路は、昔の人はよっぽど忍耐強かったんだなと思いながら、もう一度キーボードに手を置いた。 「なんて書くの?」  千鳥が興味深そうに、芽路の手元を見ながら尋ねる。 「んーとね」  一文字ずつ、ゆっくりと文字を入力しながら、芽路は答えた。 「とりあえずさ、挨拶って大事じゃん? よくわかんないけどさ、あなたは誰、誰かいるのって、話しかけてくれたんだから、答えなきゃいけないかなって」 「挨拶?」 「そう、こんにちはって。あとさ、名前ないじゃん、この人……って人じゃなくて機械か。名前がないんじゃ呼びづらいから、名前もつけようと思ってね」 「わあ、なんて名前にするの?」  千鳥が楽しそうに尋ねると、芽路ははにかみながら言った。 「ヘルヴァ。もしちゃんと名前があるなら、違うよって言ってくれれば、それでいいし」 「ふーん、ヘルヴァかー」 「すっごく昔のお話に出てくる、歌う船の名前だよ」 「船が歌うの?」 「うん、あたしも詳しくは知らないんだけど……」 「すごーい! 素敵!」  千鳥が大はしゃぎで芽路に抱きついて、勢い余って後ろに転んだ拍子に、後ろに立っていた守住に激突して、守住が持っていたタブレットがその衝撃で手を離れ飛んでいった先でクリスの頭に当たり、その勢いで足元がふらついたクリスが近くで寝ていた白戸さぎり(芽路がマタタビで釣って連れてきていた)を踏んでしまい、さぎりが「ふぎゃあ」と猫のような悲鳴を上げる──といった、いわゆるひとつの千鳥的恒例行事(一説にはカオス理論と密接な関係にあると言われている)を経て、やがて芽路が入力したメッセージが完成した。  【Re:Re:Re:Re:emergency call】  あたしは芽路  あなたはヘルヴァ  お話できる? 「あとは、これを押せばいいんだっけ」  E n erと書かれたキーを押すと、やがてモニターには「エンコード開始」という表示が表れた。  エンコード完了  送信開始  送信完了 「よくわかんないけど、ヘルヴァと一緒に歌えるようになったらいいね」  無邪気に、千鳥がそう言って笑った。 「いてて……そっちは終わった?」 「うん」  したたかに打った腰をさすりながら、守住が芽路に声をかける。 「じゃあ、次はボクの番だな」  守住はそう言いながら、持参した工具箱を開けた。「古代遺跡」内部にあった、この機械を調べるために、わざわざ家から持ってきたのだ。 「どんな仕組みなのか知るなら、中身を見るのが手っ取り早いと思うんだ」  工具のひとつを手にとって、その重みを確かめながら、守住は機械の下部を覗き込もうとしゃがんだ。表面には特にこれといった特徴もなく、溶接部分らしい薄っすらとした線が何本かあるだけだ。おそらく、薄い金属を何枚もつなぎあわせて、表面加工したのだろう。とりあえず、考えているだけでは先に進まないとばかりに、守住はその線のひとつに工具を突き立ててみた。がきん、と予想通りの固い音がした。表面の金属はそれほど厚くはないようで、子どもの力でもいずれはどうにかはがせそうではある。 「もうちょっと力を入れればいける……かなっと」  ぐっと力を込めると、指が入れられるだけの隙間ができた。守住は躊躇することなく、そこに手を入れ、引き剥がそうとした。 「い、てっ!」  その瞬間、思わず守住は手を離した──一瞬とはいえ、しびれるような痛みが指を襲った。 「いてて……」 「大丈夫?」  慌ててジェシーが駆け寄って、守住の手を取って見る。薄暗くてよく見えないが、特に傷跡のようなものもないようだ。 「どうしたノ?」 「いや……なんだろ、感電っぽいかも」 「感電?」  守住の言葉に、ジェシーは首を傾げたものの、なんとなく納得した。 「そっか……そうよネ、これってたぶん電気で動いてるものネェ……」  ジェシーはモニターを見上げた。そこには、先程とかわりなく、そっけない表情で文字を映し出すモニターがあるだけだった。 ●今宵、中華料理を杯にして 「とりあえず、あとは様子を見るしかないねもぐもぐ」 「返信が来るといいんだけど……あ、ラー油取って」 「はい、ちょっと容器がべたついてるから気をつけて。あ、すみませーん、ご飯おかわりくださーい」 「はーい、ただいまー」  腹が減っては戦は勝てぬ転身転身これは退却にあらず、というジェシーの主張もあって、「古代遺跡」帰りの探検部たちは中華料理店「宝花」で遅めの昼食を取っていた。陳宝花主催の朝の体操で集めたクーポンがあれば、たとえ財布の事情でオーダーできたのは餃子だけでも、ご飯はおかわりし放題だ。 「もぐもぐ、食べ終えたら、これまでの情報を整理しようもぐもぐ」 「感電したとこ、大丈夫?」 「ん、もう平気だと思うもぐもぐ」 「すみませーん卵スープくださーい」 「餃子おいしいよねーもぐもぐ」 「焼き餃子と水餃子、どっちが好き?」 「うわぁあ悩むー!」 「やっぱり焼きかなぁもぐもぐ」 「メンマがこないだ言ってたけど、本場は水餃子なんだってさーもぐもぐ」 「へーもぐもぐ」  中華料理店「宝花」の名物女将こと陳美花は、子どもたちの食べっぷりを微笑ましく見守りながら、おかわり用のご飯をよそう──わざと、少し多めに。  娘の宝花が考えだした「朝の体操」のおかげだろうか、最近はよく娘のクラスメートたちが食べに来るようになった。子どものお小遣いから出せる額は当然、通常の客に比べるとかなり低い。客単価は当然低いが、元気よく無邪気にご飯を頬張る子どもたちを見ていると、なんだか元気が出てくる。  特に、ここ何日かは「探検部」というクラブ活動をしているらしい子どもたちが、遅めの昼食を取りによく訪れる。 「探検かぁ、わくわくする響きよね」  ふと幼い頃を思い出しながら、美花はご飯と卵スープを運んでいった。 ●古代遺跡と踊れ 「えーっと、コレが「古代遺跡」ネ。なんでそんな風に呼ばれているのかは、目下調査中」  そう説明するのはジェシーだ。正々堂々と「古代遺跡」について演説のひとつもかましてやりたいところだが、担任のローマンまでいるとなると、さすがに話は別だ。当のローマンは、探検部たちの狼狽も知らずに、懐かしそうに「古代遺跡」を眺めている。よりにもよって、夏期講習の一環として「古代遺跡」をみんなで見学☆なんてことになるとは、ジェシーも想像していなかった。突然の事態に慌てて作戦を練ったものの、これといった案は浮かばなかった。結局、「中には入れない」「みんなにはまだ内緒」という結論で落ち着いた。 「周りに生えていた草や蔦を取ったら、扉が見つかりました」  同じように、どこかぎこちない様子で話しているのはエルシリアだ。全面を覆うように絡みついていた草や蔦は、今ではエルシリアの手によって、きれいに取り除かれていた。長年にわたりこびりついた泥汚れはあるものの、この建物の表面はつるりとした金属なのだということが分かる。「古代遺跡」のそばに作った小さな花壇では、花が順調に育っている。 「中に入ったことはありますか?」  佐久間花音が興味深そうに、尋ねてくる。探検部のメンバーは互いに顔を見やる──誰が答える? 「何度かは入ってみたよ」  目配せされた守住は、ちらりとローマンの顔をうかがいながら、妙に持って回った口調で答えた。 「中はどんな様子だったのかしら?」  魔女ことジャンヌ・ツェペリの質問に、またも探検部のメンバーは顔を見合わせる。 「えーっと、それは……」  ちらっとジェシーの顔を見たジズが、言葉を選びながら答えた。 「まあ、その、中はそんなに広くはなかったよ。中にひとつ部屋があって……ただ、ほら、窓がないでしょ? だから中は暗くて、調査がなかなか進まないんだ」 「そうだろうな、電気も通っていないだろうし」  クラウディオ・"ゴッドファーザー"・トーレスがぽつりと漏らした言葉に、メンバーの表情は思わずぎくりとこわばった。 「え、うん、そうだね」 「懐中電灯とかじゃ、さすがにね」 「中には入れないの? 花音も中に入ってみたいわ」  花音が無邪気に言うので、思わずジェシーががしっと肩をつかんで言った。 「いけないワ! 好奇心は猫いらずって言うでしょう?」 「そ、それに、さすがにこの人数は中に入りきらないし」  あはは、とビスが笑ってみせるが──その笑顔と言葉で、どこまでごまかせているものやら。  結局、全員入れる広さではないし、便宜上「おまけ」扱いの「古代遺跡」に時間を取るわけにはいかず、うやむやのまま、次の歴史資料館へ移動することになった。「古代遺跡」から歴史資料館への移動中、ジェシーはちらりと花音を見る。いぶかしげにこちらを見ている花音の視線から逃れるように、ジェシーは思わず足を早めた。 ●Mの世界 「さーて、勉強会を始めるよー」  くすくす笑いながら、エルシリアが言うと、共犯者めいた忍び笑いが部屋に響いた。  今夜も「勉強会」だ──場所は「古代遺跡」、時間は夜。  クラスで勉強会ブームが起こってから、友達の家へ気軽に泊りにいけるようになった。ということは、口裏を合わせて体裁さえ整えられれば、「古代遺跡」に泊まることさえできるのだ。  ジズが今夜も連れてきた飼い猫は、ジズが脱いだパーカーの上で丸くなって寝ている。時折、耳がぴくりとこちらを向くので、熟睡はしていないようだった。クリスが、おそるおそる背を撫でると、嫌がることもなく、ただ撫でさせている。ふと身動ぎしたので、慌ててクリスは手を引っ込めたが──猫はお礼とでもいうのか、クリスの手をざりざりと舐め始めた。そのくすぐったいような、痛いような感触に、クリスはなんだかどきまぎしてしまう。  ──猫って、ふわふわしてるんだな。  思っていた以上に柔らかい猫の体を、クリスは改めてそっと撫でた。 「でも、よくクリスも来れたね。きみの家、結構厳しいと思ってたんだんけど」  守住がモニター周りの機械を調べながら言うと、クリスはぷいとそっぽを向いた。 「ふ、ふん。別に、どうとでも言いようはあるさ」  進級試験は無事に合格したとはいえ、クリスの順位は落ちていた。普段は期待らしい期待はしているような素振りは見せないのに、こういう時にはごちゃごちゃ言ってくるんだ──クリスは眼帯を指でもてあそびながら、苦々しい思いを飲み込む。だが、怪我の功名とでもいうべきだろうか、順位低下のおかげで「友達と勉強会して、新学期で挽回する」と言ったら、あっさり外泊を認めてもらえたのだ。やはり、両親は自分に期待しているのかどうなのか、さっぱりわからない。期待してくれているのなら──それなりに、がんばろうとも思えるのに。 「ふーん。まあいいけど。今日はモバイル置いてきたよな?」 「当然だ」  クリスがつっけんどんに答える。  その時、ふいに、モニターの表面が明るくなったように思えた──振り返って見れば、メッセージを受信したというダイアログが表示されている。 「……なんか来た!」  ジズは思わず、猫を引き寄せた。猫はふにゃん、と抗議の声を上げたが、飼い主が抱っこしてくれることに異存はないらしく、喉をゴロゴロと鳴らしている。  しばらく注視していると、モニターはメッセージの自動受信を完了した旨を表示し、ややあってから本文がぽんと映し出される。ところどころドットの欠けた文字列を、少年少女たちはじっと息を呑んで見つめた。それは、比較的短いセンテンスで区切られた、何行かの文章だった。  【Re:Re:Re:Re:Re:emergency call】  わたしはM  でもヘルヴァでいい  何が起きているの?  教えて ●突撃妖精少女 たすけて! 千鳥ちゃん  エルシリアたちから、新しいメッセージが表示されたという連絡を受けた千鳥は、こっそり家を抜けだして、学校裏へと急いでいた。千鳥のやる気をもってすれば、できないことなど少ししかないのだ。  六月の夜は、わずかに夏の気配を含んでいる。水素発電所が本格稼働したおかげで、あちこちに街灯が煌々と灯っている。千鳥がようやく闇への恐怖心を感じたのは、校舎裏の壁をよじ登ってからのことだった。 「う……さすがに真っ暗……」  しかし、来てしまったからには、行かねばなるまい──そう、千鳥は決心すると、首からぶら下げていた小さな懐中電灯のスイッチを入れる。頼りないとはいえ、真っ暗な雑木林を照らす一条の光は、千鳥を勇気づけた。   ぱきり、と足元で枯れ枝が折れるたびに、「ひゃあ」と飛び上がりそうになるのをぐっとこらえる。ざわり、と風で葉ずれの音がするたび、「はわわ」と叫びたくなるのを、ぐっと押さえ込む。そう、あのなんだかよくわからない機械を調べるのは、他の誰でもない、千鳥なのだ。エルシリアたちは、きっと千鳥の報告を待っている! そう自分に言い聞かせて、千鳥はゆっくりと雑木林を進んでいく。  やがて、目の前に大きな影──校舎裏の機械が姿を現した。  千鳥は慎重に、懐中電灯の光を当てて見る。特に変わったところはないようだが── 「あっ」  思わず、声が出てしまう。   Storage rate   23%/100% 「また減ってる……」  昼間にチェックした時には、確か89%まで残量──おそらく電気の──があったはずなのだが。  やっぱりそうだ、と千鳥は懐中電灯をつかむ手に力を込める。  これは、「古代遺跡」に電気を送っている。  そして「古代遺跡」に何かあるごとに、それは間違いなく消費されているのだ。 ●エンドレス・ゲーム  街は、今夜も街灯が煌々と灯り、人々の眠りを見守っていた。  夜の闇はもう恐れるものではなく、突然の停電や計画停電に右往左往することもない。夜は、安心して過ごせる時間へと生まれ変わりつつあるのだ。  ドクター・シュトライヒリングは、同僚のドクター・ベネットがまとめたレポートを読み終えると、病院の宿直室から見える街の風景をぼんやりと眺めた。  病院内はもう消灯時間を過ぎており、ほとんどの患者が眠りについているだろう──時には、朝を迎えても目覚めない者もいるが。  科学同様に、医学もまた進歩している。いや、進歩し続けなければならない。人類に病気や怪我といった脅威がある限り、医学は人を救い続けなければならないのだ。  それは、彼には終わることのない戦争のようにも思えた。  戦争。  もはや死語だ。歴史の教科書の中でしか見ることのない──見ることがあってはいけない──言葉。  しかし、人類は未だに戦い続けている。病気という敵は、常に人類を脅かし続けているのだ。星の海さえ越えられるようになっても、まだ人類は「敵」に勝てない。だが、勝たなければならないのだ。 「負けることはできない、か」  ドクター・シュトライヒリングは、苦々しく呟いた。 -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- 【PC】 ・エルシリア・ソラ ・葉柴芽路 ・ジェシー・ジョーンズ ・加藤守住 ・ビス・エバンス ・ジズ・フィロソフィア ・水無月千鳥 ・クリス・グランヤード ・ミシェーラ・ベネット 【ちらっと出てましたね系PC】 ・陳宝花 ・白戸さぎり ・瀬木戸鈴夏 【NPC】 ・ローマン・ジェフリーズ ・ベネディクト・ハンゼルカ ・オーガスタ・ジェフリーズ ・M(ヘルヴァ) 【ちらっといたね系NPC】 ・ドクター・シュトライヒリング ・陳美花 ・ドクター・ベネット