-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第4回リアクション 04-C 絶対少女の憂鬱 -------------------------------------------------- ●La Creation du monde  彼らの決意は固かった。  新しい大地を目指して来たのだから、ここでくじける道理はない。  むしろ、思いもがけずたどり着いた新天地に、運命の導きさえも感じるほどだ。  産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。  海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物を全て支配せよ。  古い祝福の言葉のように、彼らはこの地に満ちた。 ●「百日紅メリサ。貴女は自分の人生が、貴いと思う?」  百日紅メリサは、完璧な少女だった。  ──否、完璧であらねばならない少女だった。  お人形のように可愛い娘。  成績優秀で真面目なメリサちゃん。  メリサに求められるのは、常に「理想像」であり、そこに一切の妥協も手抜きも許されてはいない。  大げさに言うなら、人間らしさを捨てているとも言えた。 「メリサちゃん、五位なんだってー」 「嘘ー、メリサちゃんなのに?」 「解答欄、間違えちゃったとか?」 「まさかぁ、だってメリサちゃんだよ?」 「だよねー」 「珍しいよねぇ」  進級試験が終わり、ほっとした雰囲気とともに、にわかに騒がしさを取り戻した教室の中で、不意にそんな会話が聞こえてきた。  その時は、メリサは特になんとも思わなかった。むしろ、してやったりと内心ほくそ笑んだほどだ。  完璧で瀟洒で、それでいて平凡で目立たない──そういう者を目指したのだから。 ●「今更それも手遅れだし」  結論だけ、書く。  失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した  失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した  失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した  失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した  私は失敗した失敗した失敗した失敗した  失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した  失敗した失敗した失敗した私は失敗  ──という手紙を、百日紅メリサは書かなかったが、心情的には便箋四枚分くらいの文字データとほぼ同等に「失敗した」と思っていた。  進級試験の結果は、五位。  それくらいがちょうどいいと──優秀だが平凡な、失敗もすれば成績も落ちることもある、ただの少女に過ぎないのだと周りに思わせることができた。メリサはそう思っていた。  だが、母──百日紅小鳥はある朝、唐突に言ったのだ。 「ねえ、メリサちゃん……何か悩みごとでもあるのかしら」  いきなりを何を言い出すかと思えば、とメリサは内心ため息をついた。朝食のフォークをそっと皿に置いて、メリサは首を傾げてみせた。 「悩みと言われても……。どうして急にそんなことを?」  母親の唐突な問いに困惑する娘を装いながら、メリサは答えた。 「だって……この間の進級試験……ずいぶん、その、順位が」 「ああ……」  なるほどな、とメリサは思った。 「えっと、それは、」  とっさに言い訳を考えながら口を開いたが、肝心の母はまったく聞いていなかった。 「まさか、学校で誰かにいじめられているとか? 今の先生と相性が悪いとか? キルシ先生も、まだお若いし、あまり頼れる雰囲気の人ではなかったけど、やっぱりメリサちゃんのように繊細な子には、ローマン先生よりも同性の先生の方があっているのかもしれないわ。一度、ローマン先生ともゆっくりお話をした方がいいかもしれないわね」  ──まずい。  予想以上に、母にとって「五位」がダメージだったと初めて気づいたのは、この時だった。 ●「完璧な少女になるって、そういうことよ」  夏期講習も後半となると、教室の雰囲気もだらけてくる。来月にはサマーキャンプもあるとなれば、子どもたちの関心は前のめりになりがちだ。 「あーあ、今年のサマーキャンプはなしかぁ」  ルーチェ・ナーゾが大きくため息をついて、机に突っ伏す。 「さては、成績悪くて、おうちでお勉強? ご愁傷様」  にやにやとチェシャ猫のように笑う白鐘鈴香に、ルーチェはむくりと起き上がると言った。 「ちげーよ、バーカ。父ちゃんの仕事に付き合わされんだよー。あああ、行きたくねぇええ。めんどくせぇよー」  そう言うと、また勢いよく机に突っ伏す。さっきからこの繰り返しだ。  今だけ──あくまでも、今だけなら、メリサはルーチェのうんざりした声音に深く同意しそうになる。メリサは騒がしい教室を抜け出し、図書室へと向かった。しばらく一人になりたい。いろいろ考えなければならないことがある。  図書室は、今日も静かで涼しい。常連のシュリー・ジルカは、何やら一生懸命タブレットに向かっている。書いては消し、消しては書いて──何か文章を打っているようだが、メリサは特に気にすることもなく、その後ろを通り過ぎた。窓辺の、外が見える席に座ると、調べ物をするふりをしながら考える。  ──どうすればいい?   母のあの様子では、夏休みにローマン先生に家庭訪問されかねない勢いだ。というか、たぶんやる。絶対やる。母ひとりが空回り気味に心配していることは、特段メリサは気にしないが──なにせ、日常茶飯事だ──、担任の教師にまで事が及びかねないとなれば話は別だ。  メリサはおもむろに立ち上がった。  先んずればすなわち人を制し、後るればすなわち人の制するところとなる──メリサは、職員室へと向かった。 ●「だから、家庭訪問のことは諦めて」  職員室のドアを開け、メリサはまっすぐに目的の人物のところへ向かった。 「おや、どうしたんだい、メリサ?」  普段と変わらない、穏やかな声音でローマン・ジェフリーズは言った。 「今日の講習で、何か質問でも?」  ふと、メリサは違和感を覚えた。メリサが職員室に──それも、何か分からないことを質問しに行くということは、滅多にない。そもそも聞きに行く理由がない。にもかかわらず、ローマンの第一声は「何か質問でも?」だ。  ──まさか。  母の小鳥がメリサの成績順位を気にするのは当然として、担任であるローマンさえも、この間の進級試験の結果に疑問を持っているのだろうか。でなければ、メリサに対して言う言葉は、もっと違うもののはずだ。  メリサは意を決して言った。 「先生、ごめんなさい」 「え、えっ?」  突然頭を下げるメリサに困惑したのか、ローマンは面食らったように聞き返す。 「えっと、どうしたんだ?」 「……この間の、進級試験のことです」  神妙な面持ちで──当然、演技だが──メリサはぽつりと言った。 「その、前よりも成績が落ちてしまったから……」 「ああ、そのことか……」  ローマンが何か口にする前に、メリサはさっさとケリをつけようと矢継ぎ早に言う。 「だから、講習がんばります。新学年になったら、順位を上げられるように。これじゃ入院しているキルシ先生もきっと心配するでしょうから」 「あ、ああ、そうか。メリサなら、きっと大丈夫だよ」  メリサの有無を言わせない、かつ特に何の説明にも言い訳にもなっていないが意気込みだけはある様子に、ローマンは少し笑って答えた。 ●「本当の気持ちなんて、伝えられるわけないのよ」  第一の敵は倒した。  次はいよいよラスボスだ。  最初のイベントバトルの次がいきなりラスボスの超展開だが、敵はローマンと母しかいないのだから、そういうことになるのだ、とメリサは思うことにした。  夏期講習からの帰り道、わざと母の職場に寄って、一緒に帰ろうと持ちかけた。いつになく甘えて見える娘の様子に、母の小鳥は嬉しそうに二つ返事で帰り支度を始める。仕事はその辺にいた同僚をとっ捕まえて体よく引き継がせたようだった。 「実は……」  夕暮れの帰り道、不意にそう切り出したメリサに、小鳥ははっと顔を上げた。 「キルシ先生のことが、心配だったの」  少し子どもっぽい口調で、うつむきがちに、そう言ってみせた。長く伸びる影に、メリサはそっと目をやった。よし、タイミングは上々。 「キルシ先生って……いま、入院なさってる?」  メリサは無言で頷いた──よしよし、台本通りの受け答え。もうちょっと間を持たせて、やんわりと話をしよう。 「……先生が、入院して、いつ退院できるか分からなくて……心配で」  だから集中できなかった──と申し訳なさそうに、メリサは地面を見ながら小声で言った。 「まあ……」  元担任の健康にすら気を遣うあまり、勉強がおろそかになるほどの心優しい娘──そんな娘を持って誇りに思うわ、と小鳥は滂沱の涙を流さんばかりの勢いで、メリサを引き寄せると抱きしめた。 「そうだったの……キルシ先生はきっと良くなるわ。だから安心なさいね?」 「うん……」  メリサは母のぬくもりを感じながら、小さく頷く──はい、ではなく、うん。よーしよーし、我ながら完璧。普段のキャラ付けとは違うけれど、ちょっと子どもっぽい受け答えの方が、この状況では合っているだろう。相手は母だし。メリサは、母に髪を撫でられながら、冷静に考える。 「さあ、帰りましょう。今夜はメリサちゃんの好きなものを作ってあげるわ」 「わあ、嬉しい!」  道行く母子の影が、夕日を受けて、長く長く伸びる。  こうして百日紅メリサの平穏は保たれた。   ●Bon Voyage!  夏の終わりに、風が吹いた。  最初に気がついたのは昼寝中の猫だった。ぴんと伸びた自慢のひげが、夏の夕暮れの風で揺れて、猫は目を覚ました。  ぐい、と伸びて、猫は空をふと見上げた。  昼から夕へと陰っていく空の端に、不意に小さな影が浮かぶ。  猫は大きくあくびをして、その影をじっと見ていたが、やがて飽きて、どこかへ行ってしまった。  空に浮かんだ小さな影も、いつの間にか消えていた。   -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- 【PC】 ・百日紅メリサ 【ちょっと出てきたね系PC】 ・白鐘鈴香 ・シュリー・ジルカ 【NPC】 ・百日紅小鳥 ・ルーチェ・ナーゾ ・ローマン・ジェフリーズ