-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第4回リアクション 04-D どこからどこまでが夏か -------------------------------------------------- ●La Creation du monde  彼らの決意は固かった。  新しい大地を目指して来たのだから、ここでくじける道理はない。  むしろ、思いもがけずたどり着いた新天地に、運命の導きさえも感じるほどだ。  産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。  海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物を全て支配せよ。  古い祝福の言葉のように、彼らはこの地に満ちた。 ●The Door into Summer  学校行事の中でも、子どもたち自身が楽しみにしているものは、それほど多くはない。たいていは成績や評価とひもづけされているからだ。数少ない、手放しで楽しめるもの──それがサマーキャンプだった。  毎年、ふたつの丘の西側にある公営キャンプ場で、二泊三日のスケジュールで開催される。  やや高い丘の上に、子どもたちが宿泊するキャンプハウスがある。実際にテントを張って野外で過ごすのは、もう少し上の学年になってからだが、それでも子どもたちにとってはかけがえのない時間だ。親元から離れ、最後の日は自分たちで食事を作る。大人から見れば、毎年恒例の愛も変わらぬささいな夏の行事でも、子どもにとってみれば一生の思い出である。  今年は、八月中旬に開催されることになった──もう夏期講習どころじゃないよね、とばかりに、子どもたちの興味は夏の三日間へと移っていった。 ♪ひとつでも信じていることさえあれば  野中永菜は思わず、がばっと起き上がった。枕が勢いよくベッドから転がり落ちる。餌を頬張っていたとっとこヴァンガード太郎(※ハムスター)が、何事かとばかりに、ぴくりと震えて永菜の方を見やった。だが、いつもなら目の中に入れたら物理的に痛い上に暴れるのでやらないが一度目の中に入れてみたらどうなっちゃうのかしらドキドキと思っているほど可愛がっているヴァンガード太郎の様子さえ、今の永菜の目には映らない。 「これです……これなのです……!」  タブレット端末を持つ手が、ふるふると震えている。その画面には、燃え盛る炎と、それを取り囲む人々の画像が映し出されていた。寝る前に、永菜がこっそりベッドにもぐって読んでいたマンガの中では、登場人物たちがキャンプを楽しんでいた。そして、ポップアップで表示される吹き出しには、こう書かれていた──やっぱり、キャンプっていったらカレーだよな! 「キャンプっていったらカレーだよな!」  永菜は、セリフを読み上げる──それは、いま永菜が声に出して読みたい言葉、初登場第一位に燦然と輝いた。 「キャンプっていったらカレーだよな!」  大事なことなので二回言った。  それから、永菜はいそいそと検索ボックスに「カレー 作り方」という単語を放り込むと、ベッドに入った。カレーについて調べたいところだが、良い子はもう寝る時間なのだ。睡魔がじわりじわりと永菜に向かって這い寄ってくるのがわかる。だが、こうして自動検索に任せておけば、朝起きる頃にはカレーの作り方に関する情報が山ほどピックアップされていることだろう。 「おやすみ、ヴァンガード太郎」  そう呟くと、永菜はまぶたを閉じて、夢の国へと旅立っていった。 ♪扉はきっと見つかるさ  御手留乃歌は泣く子も黙る委員長である。実際に委員長という役職についているわけではないのだが──委員会に入ってもリーダーになれるのは上の学年だ──、有無をいわさず委員長なのである。西に泣いている女子がいれば泣かせた男子をどつき倒し、東に勉強で悩む男子がいれば行ってしっかりしろと叱りつける。そんな留乃歌にも、苦手なものは存在した。 「料理、ちょっと苦手なのよね……」  まだ母の手伝い程度にしか家事に携わらない年齢なら、それほど気にすることでもなさそうではあるが、そこはそれ、女子ですから。女の子ですから。手先の不器用な留乃歌にとっては、料理はいささか鬼門だ。しかし、留乃歌は委員長である。他の子らを先導し、模範とならなければならないのだ。  サマーキャンプの最終日は、飯盒炊爨と決まっている。やたらと難しい字面だが、要は「みんなで協力してご飯を作りましょう」だ。ここはひとつ、料理が得意な子や手先の器用な子に任せて……というわけでにはいかないのが留乃歌の性格だ。たとえ苦手な分野でも努力で補い、クラス全員を引っ張っていくくらいでなければ、委員長ではないのだ。  だから留乃歌は、父に頭を下げた。 「そうか……サマーキャンプか……」  なぜか父は遠くを見る目をして言った。リビングのソファーから立ち上がると、ゆっくりと窓に向かって歩いて行く。その姿を、ただ留乃歌は目で追うだけだ。父は、窓辺に立つと、外をしばらく眺めていた。留乃歌と同じ、ハニーブロンドの髪が、夕日を受けて燃えるように輝いている。やがて、父はゆっくりと振り向くと、厳かに言った。 「わたしの修行は……厳しいぞ?」  留乃歌ははっと顔を上げ、父をまっすぐに見つめると、こう返した。 「構いません、お父さん──いえ、師匠!」  こうして、アウトドアマニアの父による留乃歌のキャンプ特訓が始まった。 『え、留乃歌に特訓?』  全寮制の学校に進学した留乃歌の兄、幾三は通話画面の向こう側であきれたような声を上げた。母は苦笑しながら頷く。 「そうなの、ほら夏のキャンプがあるでしょう? それに向けて特訓だって言って、今日も朝早くから出かけていったわ」 『なんだかなぁ……じゃあ、父さん「師匠」モードに入っちゃってるのか。夏休みに家に帰る時のおみやげ、何がいいか聞きたかったのに……』 「そんな、気を使わなくていいのよ。ゆっくり帰ってらっしゃいな。美味しいものいっぱい作って待ってるからね」 ♪今すぐに連れて行けなくても  夏の空はどこまでも青く、高く、果てさえないように思えた。今はまだ雲さえ見えない。窓を開ければ、清々しい風が吹き込んでくるが、そこには夏の日差しの熱を含まれていた。今日もこれから暑くなるだろう。  葉柴芽路は、キャンプ場へと向かうバスの中で、隣に座った白戸さぎりに話しかけた。 「ねえ、ちょっと」  さぎりは面倒そうに芽路を見ると、あくびをひとつ。 「なんだ、猫はもう寝る時間なんだ」 「寝るまでは起きていられるじゃん。ていうことは、あたしの話も聞けるってこと」  芽路は、さぎりの反応は気にせずに言った。 「あんたさ、ヘルヴァの魂を見つけてきて。見つけたら捕まえるかなんかして、あたしのとこまで持ってきて」 「あーあー聞こえないー」 「いいから、見つけておいで! 猫じゃん!」 「というか全然意味がわからないぞ」 「あんた猫でしょ」 「猫だ」 「だから、見つけられるじゃん」  さぎりはとりあえず、何と言ったらいいのかわからないので、もう一回あくびをした。  猫に対する期待がかつてないほどに高まっていることだけは、とりあえずわかった──が、それ以外はわからない。 「いい? 見つけたら捕まえるのよ」  さっきと微妙に話が変わっているが、さぎりは気にしないことにした。猫はこんなときでも、気高くあらねばならないのだ。 ♪涙を流すことはない  毎年同じキャンプ場ではあるが、それでも一年ぶりに訪れると新鮮だ。去年は届かなかった樹の枝に、今年はすんなり手が伸ばせる。風で揺れる葉を指でつかまえることだってできるのだ。バスから下りた子どもたちには、引率の教師たちの言葉はもう届かない。声を張り上げてようやく並ばせても、そわそわとあちこちを見回すばかりだ。事前に割り振られた宿泊施設の部屋に荷物を置いたら、次はグループごとに「キャンプの目標」を確認しあうミーティングだ。目標といっても、「友達と仲良くする」とか「怪我をしないで帰る」といった程度でしかないが。ミーティングが終わると、夕食までは自由行動となった──もちろん、キャンプ場から出てはいけないし、GPS付きのモバイルを肌身離さず持ち歩くのが条件だ。  わっと外へ勢いよくかけ出していくクラスメートとは違い、榛雫は宿泊施設内に残って、何やら作業をしていた。それを見かけたジェシー・ジョーンズが不思議そうに声をかけた。 「雫、何してるノ? 遊びに行きましょ!」  雫の手元を見れば、どうやらカメラとタブレットを接続するのに四苦八苦していたらしい。 「どうしたの、それ?」  雫ははにかみながら答えた。 「キルシ先生への、プレゼント」  そう言って、雫はカメラをジェシーに向ける──タブレットに、ジェシーの顔が表示された。どうやらリアルタイム配信を行うつもりらしい。 「素敵! じゃあ、ワタシたちの探検っぷりを先生にも見てもらえるわネ!」  はしゃぐジェシーの胸がたゆんたゆんする様が、さり気なく配信され、「巨乳小学生ktkr」とネットでしばし話題となったことを、二人の少女は知らない。 ♪僕は未来を創りだしてる  夏の日差しは、肌を刺すように熱く、だがそれがなんだか心地よかった。うなじに貼りつく髪を鬱陶しく思いながら、黒葛野鶫は草むらにかがんでいた。その足元では、小さな花が風に揺れていた。 「お姫様ー!」  唐突に頭上に降ってきた声に振り向く暇さえなく、鶫は前のめりに勢いよく転がった──長い黒髪がふわりと宙を舞う。回転する視界の先にいたのは、案の定、水無月千鳥だった。 「何してるのぉ? お花摘み?」 「……そんなところだ」  寝転がったまま、鶫は答えて──あわてて目をそらして起き上がった。そりゃあ視界いっぱいにスカートの中がふわりと広がって見えちゃってたらびっくりしちゃうんですよ男の子ですから! 「そうなんだー」  対する千鳥は、齢十歳にして戦闘技能「ぱんつじゃないから恥ずかしくないもん」を会得していた。スカートの下にはドロワーズ。見えても恥ずかしくない。だって、ぱんつじゃないから。だが、男子である鶫には、そんな女子専用謎スキルの存在を知るよしもない。どぎまぎと今まさに見てしまった、フリルつきの何やら白い布地を必死に忘れようとしていた。 「な、な、なんだよ、なんの用だ」 「鶫くんが何してるのかなぁって」 「べ、別にいいだろ。何してようと」 「んー、そっかぁ」 「だいたい、なんだ、お姫様って」 「だって、鶫くん髪の毛長いでしょ? お話に出てくるお姫様みたいだなぁって。そうだ、今度ドレス着てみて!」  にこにこと言う千鳥に、鶫は苦いため息をついた──違う、違うんだ、お前が思ってるような髪じゃないんだ、これは。俺の、髪は。 「あっ、いけない、忘れてたぁ!」  来た時と同様に、突然千鳥が大声を上げた。 「もうすぐ晩ご飯前のミーティングだから、宿舎に戻ってきてねって、ミシェーラちゃんが言ってたの」 「あれ、もうそんな時間だっけ」  モバイルの時刻表示を見れば、確かに時間帯は昼から夕暮れへと移りつつあった。 「夏って、夜が来るのを忘れちゃうよねー」  千鳥が鶫の手を掴んで立ち上がらせる。鶫はあわてて、握っていた四つ葉のクローバーをポケットに押し込んだ。 ♪過去へと向かい さかのぼる 「なあ」  話しかけてみたが、返ってきたのは沈黙だった。  アレクセイ・アレンスキーは大げさにため息をついてみせた──が、これもまた無反応。 「なあ、ニア」  名前を呼んでみた。しばらく待ってみる。こうなったら根競べだ。 「……うるさい」  ようやく返ってきたのは、そっけないを通り越して冷たい一言だった。だが、これが常なのだから、アレクセイには気にならない。彼女は──ニアシュタイナー・シュトライヒリングは、こういう少女なのだから。 「あのさぁ……お前、今日が何か知ってる?」 「サマーキャンプ」 「そうなんだよ、キャンプなんだよ。みんな、外で花火をするんだってさ」 「そうか」 「……花火するんだってさー」  またしても、沈黙。会話はあえなく途切れた。  アレクセイは、まあいっか、と呟いて立ち上がると、真剣な面持ちでタブレットに向かい合うニアシュタイナーの頭を不意にぐりぐりと撫でた。 「なっ……」  憮然とした様子でニアシュタイナーが顔を上げるが、呆れたような目で冷ややかに見られて──それで終わりだった。さすがに、今日は退散しておいた方がよさそうだ、とアレクセイは思った。ずいぶんと根を詰めているようで、ニアシュタイナーは食事の時間でさえタブレットを手放そうとしなかった。何をしているのかはよくわからないが、彼女なりに思うところがあるのだろう。そうでなければ、キャンプの時にまでああいう振る舞いをすることはないはずだ──アレクセイはそう考えて、そっとニアシュタイナーのそばから離れた。  つかず離れず。いつもべったりとそばにいるだけが、彼女にしてやれることではないのだから。  外へ出ると、クラスメートたちが思い思いに花火を楽しんでいた。手持ちタイプの花火は、滅多なことでは遊ぶことができない。親か、あるいはそれに同等の者がいないと、購入すらできないのだ。 「いつでもできたらいいのにね」  ミシェーラ・ベネットが、そう呟くのが聞こえた。 「昔は、自由に買えたし、遊べたらしいんだけどね」  ジャンヌ・ツェペリが、消えた花火をバケツの水に放り込みながら言った。 「私たちが生まれる前に起こった大火事のせいで、火薬を使うようなものはキセイされちゃったんですって」 「キセイってなに?」  首を傾げる永菜に、留乃歌が答える。 「してはいけない、やってはいけない、と取り締まることよ。学校のルールみたいなもの」 「ふぅん……気をつけて遊べば、火事になったりしないのになぁ」  まばゆいほどの赤やオレンジ、白に近い黄色、鮮やかな青──色とりどりの炎が生み出す一瞬の彩りに照らされる少女たちの顔を見ながら、アレクセイはふと思い立って、一度宿舎の部屋へ戻った。旅行バッグの上に乱暴に放っておいたタブレットを取り上げると、ペイントアプリを立ち上げる。 「昔は紙に絵を描いたっていうんだよなぁ」  アレクセイにはにわかに信じがたいことだったが、昔は紙に絵を描いていたらしい。貴重で高価な紙に、年端もいかない子どもでさえも、いたずら書きを平然とできた時代があったという。クラスメートたちのもとへ戻る前に、窓からそっと外をうかがう。友達のはしゃぐ声は、ガラス越しでもにぎやかに伝わってくる。 「たまには、こういうのもいいよな」  絵を描こう──アレクセイは、そう思った。  写真ではなく、絵。  自分の手を動かして、思い出を形にする。誰に見せるでもなく、だが自分のためかと言われたら、それも違うような気がする。何のために──今の自分ではなく、将来の自分に向けて、手紙を出すような。ある日ふと思い出して眺める、古いメールのような。  しばらくして、アレクセイは外へと向かった。思い出を描くために。 ♪君を迎えに戻るだろう  時は夜。良い子は眠る午後九時。消灯時間はもうすぐだ。とはいっても、まだまだ遊び足りない子どもたちは、夜はこれからだとばかりに騒いでいる。しかし、なぜかジェシーたちの部屋だけは、消灯前にもかかわらず、すでに明かりは消されていた。 「そうか、あんなに遊んでいたから、もう疲れちゃったんだな」  見回りに来た担任教諭のローマン・ジェフリーズは、もうぐっすり眠っているであろう子どもたちを起こさないように、そっと部屋の前から離れていった。  ──これこそが、策士ジェシーがしかけた策略であった。  寝たふりをしてやり過ごす。  消灯前にもう寝ている良い子の演出すら同時に行えるという、稀代の奇襲作戦である。  誰に奇襲してるのかは不明。 「行ったヨ……!」  小声で囁いたのは、陳宝花。最近クラスメートの片岡春希となんか良い感じという噂も流れつつある太極拳の使い手である。 「よーし、状況を開始するワ」  シーツをはねのけ、ぷるりぷるんと出てきたのはジェシー・ジョーンズその人であった。 「ふぅ……たまには面白いことを思いつくのだな」  そう言って、名付け親ことクラウディオ・トーラスは優雅にベッドの上に起き上がる。 「なんかワクワクするねー」  穏やかな声音だが、実は何度も冒険に旅立ち、そのたびに生還を果たした鉄の冒険王ことジャンゴ・リーボリックが言うと、千年を生き、千年を見果たす星の魔女──ジャンヌ・ツェペリがふわりと笑う。 「今夜は星がよく見えるわ……天窓つきの部屋じゃないのが残念ね」 「いちいちやることが大げさなんだよ……」  呆れたように呟いたのは、アスクレピオスの申し子と名高いニアシュタイナー・シュトライヒリングだ。  ジェシーは面々を見回すと、囁くように、しかし朗らかに宣言した。 「さあ、始めるワ……ジェシーのDOKI☆DOKIナイトトーク! 言っちゃいなさいヨ! ここだけダカラ!」  ここだけの話がここだけで済んだ試しがないのが世の習いではあるが、ここだけと言ったらここだけの話なのである。  こうして、ジェシー主催の夜の部が幕を開けたのであった。 「あれ、麻里子は?」 「呼んだんだけど、星を見てたよ」 「そっかー」 「それにしても、今年はHENTAIがキャンプにいなくて良かったワ。快適だし」 「そういえば、なんで来てないんダ?」  ジェシーの言葉に、思わず宝花は首を傾げる。たしかに、この場にルーチェがいようものなら、ジェシーのドラゴンスリーパーは秒単位で炸裂したことだろう。 「ああ、なんでも父親の仕事に付き合って、夏期講習が終わったら他の街へ行ってるらしい。視察だとかなんとか」  クラウディオが、そう言って肩をすくめた。 「まったく、凡人はせわしない。夏くらい、俺のように優雅に過ごせばいいものを」 「ワタシは見てしまったんですヨ……映るはずのない画面に、うっすらと文字が浮かび上がるのを……」  なぜか顔の下からハンディライトを当てながら、ジェシー・ジョーンズが言った。  ジェシーが語り出したのは、彼女が発足させた探検部が目下調査中の「古代遺跡」に関することだった。何のためにあるのか忘れ去られ、「古代遺跡」などと揶揄されるような古い建造物には、通信機能がついているらしい。そこではヘルヴァこと「M」と名乗る何らかの存在を交信ができるという。 「すごいなぁ……「古代遺跡」にそんな秘密があったんだね!」  目を輝かせながら、ジャンゴが何度も楽しげに頷く。 「へえ、あれってそういうものだったのね。でもMって何? 誰なの?」 「そこはまだ調査中ヨ。新学期になったら、メンバーも増やしたいところネ。人手が足りないカラ」 「えへへ、ボクね、この間、河みたいな森に行ってきたんだ」  ジャンゴがそう言いながら、タブレットに自作の地図を表示させた。 「えっ、そんなところがあるのカ?」  宝花が尋ねると、ジャンゴは嬉しそうに説明をし始める。キャンプ場からさらに西側に進むと、ジャンゴが見た河のような森へとたどり着くという。 「そういえば、西側にはあまり来たことがないからな……そんなところがあるとはな。いいだろう、続きを話せ」  クラウディオが感心したように言う。 「でね、そこではるせちゃんとニコ=トポくんと、あと凛太郎に会ってね、ご先祖様の話を聞いたんだ」 「ご先祖様? 鉄の?」  ジャンヌが聞き返す──鉄とは、つい先日名付け親たるクラウディオによって名付けられた、ジャンゴの真名である。なお、真名と書いてあだ名と呼ぶ。 「ううん、ボクのじゃなくて、みんなのだよ」 「みんな?」 「そう、ボクらのご先祖様はね、うーんと遠い星からここまで来たんだって。大きな船に乗って!」  そうだ、と何かを思いついたように、ジャンゴはジャンヌに改まって向き直った。 「ボクが立派な冒険家になれるかどうか、占ってほしいんだ」 「占いに頼るとは……しかし、冒険家には幸運が必要だ。魔女、占ってやるがいい」 「いいわ、魔女があなたの未来を指し示してあげる」  そう言うと、ジャンヌは持ってきていたタロットカードを取り出し、ジャンゴの前に並べて見せる。カードは全て裏向きで、何が描かれているのかはわからない。 「さあ、どれでも一枚引いてご覧なさい」  ジャンゴはしばらく考え、そっと一枚手に取り、表に返してジャンヌに見せた。 「これは……何の絵?」 「ああ、隠者のカード。ふふ、とても良い暗示だわ」 「えっ、ほんと!」  ジャンヌはカードを手に取ると、おもむろに話し始めた。 「隠者とはかつて放浪の旅をしていた男。今はもう旅を終えているけれど、未だ旅を続ける者たちに、この手に持っている灯りで行くべき道を照らしているのよ。それと……見てご覧なさい、彼が持っている杖を」 「なんだか不思議な形だね」  二匹の蛇がらせん状にからみつくような形をした杖を、ジャンゴはまじまじと見つめた。 「これはヘルメスの杖。カドゥケウスの杖とも呼ばれるわ。ヘルメスは旅人の守り神でもあるのよ。ふふ、あなたの行く末は隠者と神の導きがあるわ。安心なさい」 「ほら、ニア。せっかく来たんだから、参加しなくチャ!」  宝花が、タブレットの画面を見つめるニアシュタイナーを話の輪に引っ張りこんだ。 「そうだぞ、お前は非協力的なところがある。悔い改めたほうがいいぞ、以下略」 「以下略ってなんだ」 「お前の名だ。長すぎるのでな」 「……あとで殴る」 「そ、それはともかく、何かずっと調べ物でもしてるようだけど、一体何をしてるの? 夏期講習はもう終わったでしょう?」 「そうだぞ、休める時には休まないと、覚えられるものも覚えられなくなってしまうぞ、以下略」 「以下略って言うな」  取り繕うように、ジャンヌが尋ねると、ニアシュタイナーは憮然とした表情のまま、ずいとタブレット画面を見せた。そこには、何やら難しげな単語がずらりと並んでいる。 「え、えーっと、こ、これは……暗号! さては、寒い国から来たスパイなのネ!」  ジェシーがぷるんと驚いた。 「寒い国ってどこだ。それはともかく、調べ物というか、いろいろ情報を集めているだけだ。まだ調べるところまでは至っていない」 「情報って?」 「……キルシ先生の病気について、だ」  ニアシュタイナーは、キルシ先生が罹っているとおぼしき「致死性ルアナ・アルムリア症候群」について調べているという。 「ち、ちし、ち、ち、……無理無理、舌噛んじゃうワ」 「たまたまだが、入院中のさつきからデータがもらえてな。今のところはまだ、ひとつひとつ調べているところだ」  ニアシュタイナーのタブレット画面にずらりと並んだ単語はどれも難しげで、十歳の子どもではそもそも何と読むのかもわからないほどだった。 「なるほどな……以下略は途方もないことに挑戦しているというわけか」 「以下略って言うな」 「というか、なんでさっきからクラウディオが仕切ってるのヨ」 「決まっている。俺がリーダーだからだ!」  当然とばかりに、クラウディオが言い放つ。ジャンゴは、なぜか勢いに押されて拍手をした。 「よろしい、聴衆諸君。では、この俺がとっておきの秘密を暴露するので、襟を正して聞くがいい!」  宝花も雰囲気に飲まれて、ジャンゴと一緒に拍手をした。ニアシュタイナーはげんなりしている。ジェシーはなんだかよくわかんないけどいいぞ言っちゃえここだけダカラ! と拍手した。 「ああ、静粛に──さきほども鉄が言ったが、我々ははるか銀河の海を越えて、ここまでやってきた。だが、なぜここまで来なければならなかったのか……それがわかるか?」  ジャンゴはふるふると首を左右に振った──ご先祖様が遠くからやってきたとは聞いたけど、そういえばなんで来たのかは聞き忘れちゃったな。 「ふっ……無理もない。覚えていなくて当然なのだ。なぜなら……」  クラウディオはばさりとベッドのシーツをマントのように翻した。 「俺たちの力を恐れたモノによって、俺たちの力も記憶も封印されてしまっているからだ!」 「な、なんだってー!」 「我が銀河トーレス帝国は、かつて銀河全体を支配するほどに強大な力を持っていた……だが、その力を妬み、恐れたモノたちの手によって、帝国を追われた……逃げる俺たちに迫る猛攻撃! 奇襲! 夜襲! 塹壕戦! スコップは怖いぞ、痛いからな! でも目玉焼きも焼けるし水だって貯められる。大事にするがいい。えーっとどこまで話したっけ、そうそう、追われた俺たちは徹底的に戦った。もうすぐ帝国を取り戻せるという、その時! 卑怯にも奴らは銀河最高絶対神ウィークオリンの力を悪用し、俺たちの記憶と力を封印したのだ! さすが汚いニンジャ汚い!」 「ニンジャ汚い!」 「しかし! 諸君よ、希望は捨ててはならない。パンドラの箱に残された希望──それこそが、この俺だ! この俺こそが! 銀河トーレス帝国最後の皇帝ジェルヴァジオの子孫だからだー!」 「ナイスハンサム!」  クラウディオの爆弾発言をもって、ジェシーのDOKI☆DOKIナイトトーク!〜言っちゃいなさいヨ! ここだけダカラ!〜は無事に閉幕したのであった。しかし、油断は禁物である。銀河トーレス帝国の子孫を討ち滅ぼそうとするネオ銀河ニンジャ軍団の魔の手はすぐそこまで迫っているかもしれない! 戦え、探検部! 次回! 機動探検伝ふたつの丘探検部「闘え皇帝! ふたつの丘がリングだ」に、レディ・ゴー! 「どうしてこうなった……」  宝花とニアシュタイナーが呆然と呟いた。 ♪あきらめてしまうにはまだ早すぎる 「マジ?」 「……マジ」  神妙な顔で頷く白鐘鈴香の様子に、子どもたちは顔を見合わせた。 「嘘ぉ、まさか呪われてるとか……?」 「えっ、そんなまさか……」 「でもキャンプでも幽霊が出るなんて……それも同じ幽霊なんでしょ?」  おろおろそ顔を見合わせるクラスメートたちの顔を見ながら、鈴香は言った。 「ぼくにいい考えがある」  その「幽霊」の話は、かつて瞬く間に子どもたちへと広がったうわさ話である。  かつて、学校で出た幽霊──どこへ行きたいか、夢を語れなければ、あの世へと連れ去るという幽霊が、このキャンプ場にも出たというのだ。この手の話題にも詳しいジャンヌ・ツェペリによれば、幽霊とは「場」に取り憑くものと「人」に取り憑くもの、そしてさまざまな「場を漂う」ものとに大別されるらしい。少なくとも、この幽霊は学校という「場」ではなく、もっと別の何かに憑いているようだ。  多くの人間にとって、「わからない」ということは恐怖そのものでもある。わからないから怯え、わからないから逃げようとする。正体不明という名の不安から逃れる術はないのだ──その人自身が、勇気と信念を持つ以外には。  だが、人間は必ず恐怖に打ち勝つ術もまた見つけ出すことができる存在だ。闇雲に恐れ、怯え、逃げるだけではないのだ。 「上級生に前聞いたんだけど、あの幽霊に「将来の夢」を語ることができたら、消えちゃうらしいんだ」 「えっ……そうなの?」  野中永菜が不安げに聞き返す。鈴香は真剣な面持ちで深く頷いた。 「そう、だから幽霊はやっつける方法があるってことさ。ま、やっつけるというか、消えちゃうんだけど」  子どもたちは思い思いに顔を見合わせる。夢を語るだけで消えるのなら、そう怖がる必要もないんじゃないか──安心したように言う子どもがいると思えば、対照的に不安がる子どももいる。 「将来の夢って言われたって……」 「ねえ……」 「怖いのかい?」  鈴香の問いに、何人かがまた顔を見合わせる。 「うーん……」 「たくさんありすぎて夢をひとつにしぼれなかったら、それはそれでやっぱり幽霊に連れて行かれるのかな」  アレクセイが言うと、ミシェーラも不安げに呟く。 「ちゃんとしたことを言えないとダメなのかしら……」  夢というか、こうなったらいいなっていうのはあるんだけど……、と言いかけて、ミシェーラはなぜか顔を真っ赤にしてうつむいた。 「言えれば大丈夫なんだから、怖がる必要なんてないんじゃないか?」  チェシャ猫のような笑みを浮かべて、鈴香はわざと突き放すように言った。 「そ、それはそうなんだけど……」 「ここで幽霊に消えてもらわなくちゃ、せっかくキャンプが楽しめないよ。ぼくはいやだな、そういうの」  鈴香はぐるりと周囲を見回し、不意に声をひそめた。 「先生たちには内緒で、幽霊退治といこうじゃないか」  鈴香が考えた作戦は、「肝試しのふりをして幽霊をおびき出し、夢を語って消えてもらう」というものだった。とはいえ、夏だから肝試しがしたい、という思いも、ほんのちょっと、あったりする。つまり肝試しがしたいんだ言わせんな恥ずかしい。 「調べたところによると、肝試しというのは二人一組で指定の場所まで行って、名前を書いた石を置いて、戻ってこれたら勝ち、なんだって」 「勝ちって何に勝つの?」  千鳥が興味深そうに言う。 「知らない。でも勝つっていうからには勝つんだよ。たぶん、幽霊とかに」 「そっかー」  鈴香は、おもむろに立ち上がると、トレードマークのハンチング帽をきゅっとかぶり直した。 「最初はぼくが行くよ。言い出しっぺだしね、まずはぼくが囮になろう」  その言葉に、千鳥が唇を引き締めて頷いた。 ♪扉の鍵を見つけよう  鈴香が指定したのは、宿泊施設内の奥にある屋外水飲み場だった。そこまでは大した距離ではないが、それでも街灯がほとんどないような場所まで歩いて行くのは不安だ。しかし、鈴香は颯爽とした足取りで出ていった。その後ろ姿を見て、千鳥は決心した。 「第一話! 千鳥、大地に立つ!」 「えっ、立つって?」  突然がたんと椅子から立ち上がった千鳥の勢いに、永菜が驚くが、千鳥はもはや永菜のことさえも視界に入っていない。 「わたしも行ってくる!」  そう言うと、あっという間に走って行ってしまった。石は持たずに。 「……大丈夫かなぁ」  永菜がぽつりと言う言葉も、千鳥の背には届かなかった。  夜のキャンプ場は、静かだった。遠くで笑い合う声がする。さほど時間を置かずに出てきたはずなのでに、先を行く鈴香の姿が見当たらない。まさか──嫌な予感がして、千鳥は頭を振った。そんなはずはない。鈴香はきっと無事だ。無事じゃなかったら……その時は幽霊を討ち滅ぼすまで。千鳥に倒せない悪など、ほんの少ししかないのだ。たぶん。  持っているハンディライトの明かりが、走る千鳥に合わせて、不安定に上下する。やがて、鈴香が指定した水飲み場までやってきた。ここに来るまで、誰ともすれ違わなかった。追い越しもしなかった。鈴香はどこへ消えた?  「──誰!」  不意に気配を感じ、千鳥は護身刀のようにハンディライトをぐっと前方につきつけた。右に、左に──明かりを振るうと、ふとその中に浮かび上がる、影。 「そなたは、どこへ行きたいのじゃ……?」  鈴が鳴るような声で、それは言った。  暗くてよく見えないが、頭からショールのような薄布をかぶり、古めかしい着物を纏っているようだ。 「そなたは、何を成し遂げたいのじゃ……?」  再び、声。 「そなたの答えを聞かせておくれ……」  ゆらりと揺れる影に、千鳥は思わず後ずさりかけてしまう。 「聞かせてくれたら……」 「聞かせてあげたら?」 「連れて行かないでいてあげる……」  千鳥は毅然と幽霊をまっすぐに睨みつけた──解明できないものなど、ほんの少ししかないのだよ、関口くん。関口くんって誰だ。良い子は深く考えてはいけない。そんなわけで、千鳥はびしりと指を突きつけると、強く言った。 「これがわたしの祈り、わたしの願い……すべて電気の流れる先へ連れてって! さあ、叶えてよ、幽霊さん!」  沈黙。  さわ、と夜風で木々の葉が揺れた。 「…………は?」  幽霊が、呆気にとられたように聞き返した。  ──勝った!  千鳥は確信した。何が勝ったんだかわからないが、とにかく勝った。ような気がする。 「もう誰も恨まなくていいの。誰も、呪わなくていいんだよ。そんな姿になる前に、あなたは、わたしが受け止めてあげるから」  と、どこかで聞いたようなセリフを千鳥は口にしかけたが、危ういところで踏みとどまることに成功した。当然アルティメット化もしてませんよ。してませんったら。  沈黙。  今度の沈黙はずいぶん長かった。  幽霊は何を思ったか、突然ショールのような薄布を千鳥に投げつけてきた。 「ひゃわ!?」  あわてて振り払おうとしている隙に、幽霊はこつ然と姿を消していた。 「あ、あれ?」  千鳥は呆然と立ち尽くした。 「いなくなっちゃった……?」 「え、ちょっと意味わかんないんだけど……」  幽霊が草葉の陰でぽつりと呟いた。 ♪今ここでやり直せなくても  外は静かだ。誰かが寝返りをうつ、衣擦れの音がたまに響く。御堂花楓は、ベッドの中でじっと天窓を見ていた。普段のベッドとはまるで違う感触──だが、この感触も、寝心地が違うという違和感も、花楓はずっと覚えている。いつでも思い出せる。色褪せることもなく、消えていくこともなく、いつでも鮮明に、「今」は常によみがえるのだ。  ねえ、と出した声は、なんだかかすれているようで、花楓はちゃんと相手に聞こえたかどうか、ふと心配になった。 「なに?」  衣擦れの音とともに、相手──隣のベッドで寝ているライサ・チュルコヴァがこちらを振り向く気配がした。 「さては花楓、寝れないんでしょ」  今にも笑いそうな、弾んだ囁き声を聞きながら、花楓はこれも「覚えてしまう」のだな、と頭の片隅でぼんやり思った。 「そんなんじゃないよ」 「本当に?」  天窓のある部屋は、いわば特等席のようなもので、部屋の割り振りが決まったときには、ずいぶんとクラスメートたちから羨ましがられたものだ。ガラス越しに見える星は、思っていた以上に明るい。 「この部屋になるなんてラッキーよね」  ライサの声に、花楓は無言で頷いた。声を出さなければ、それが相手に伝わるはずもないとわかってはいたけれど。 「あのさぁ」 「ん?」 「ライサはさ、よくキルシ先生のお見舞い行ってるじゃん? 先生、どう?」 「どうって……うーん、見た感じ、病気みたいじゃないんだけど……たまに、というか、最近よくいろんなこと忘れてる。もともとうっかりした先生だなーとは思ってたけど。最近は、特に」 「そっか……」  しばらく、花楓は黙って星を見ていた。 「あの、さ」 「あ、起きてたんだ。やっぱり寝れないんでしょ」 「違うってば」  花楓はむくりと起き上がると、天窓を見上げた姿勢のまま、ぽつりと話しだす。 「あのさ、わたし、ずっと忘れないじゃない? 絶対忘れない。ずっと覚えてる。だから、さ。「絶対に忘れたくない」ことを、わたしに言ってくれたら、わたしがずっと代わりに覚えていられると思うんだ」  星が瞬く。流星が一筋、流れていったような気がした。 「……キルシ先生の分まで?」  ライサの声に、花楓はあわてて首を振った──が、すぐにうなだれ、そしてまた天窓を見上げた。 「いや、その、うん、そうなんだけど、その、なんていうの、うん。……ガラじゃ、ないし」 「そんなこと、ないと思う」 「……そう、かな」 「花楓の提案、素敵だと思う。花楓が覚えて、キルシ先生が忘れちゃっても、また教えてあげればいいんだし」 「……覚えたことを、伝え続ければ、キルシ先生が忘れちゃっても、またすぐに伝えれば、忘れたことにはならないと思うんだ」 「ならないよ、きっと」 「ならない、よね」 「うん」  ライサが起き上がる音がする。花楓は、なんだか急に気恥ずかしくなって、頭からばさりとシーツをかぶった。 「明日さ、起きたら作戦会議しよ。キルシ先生の代わりに、花楓が覚えるっていう作戦」  ライサの声に、花楓はシーツの中で何度か頷いた。 ♪僕は過去から幸せを持ち  永菜が事前にカレーの作り方を調べてきたおかげで、飯盒炊爨はかなりスムーズに進行している。その場を引っかき回すだけ引っかき回して、結局何もしないルーチェがいないのも幸いしたのかもしれない。 「じゃ、肉入れるぞ。油がはねるかもしれないから、気をつけてな」  長い髪を結い上げ、慣れた手つきで調理を担当しているのは鶫だった。永菜はその横で、てきぱきと手伝っている。 「はい、これ使って」  そう言って、包丁に不慣れなクラスメートにピーラーを手渡すのは、ミシェーラ・ベネットだ。 「じゃがいもの芽は取ってね。難しそうだったら、私か、鶫くんか、委員長に言ってね。代わりにやるから」  普段から料理をやり慣れているのか、鶫とミシェーラのおかげで、目立ったトラブルもなく、カレーの準備は着々とできている。雫が、その様子をカメラで撮っている。入院中のキルシに見せるためだという。最終日の今日は、今の風景をリアルタイムで配信中だ。 「ふっ……これは期待できそうだ」 「お前も手伝え、銀河皇帝」 「それはできん。なぜなら俺は追われる身なのでな、うっかり完璧かつ優美にカレーを作ろうものなら街中の話題になってしまうだろう。それを聞きつけた敵がやってきたらどうするのだ、以下略よ」 「以下略って言うな。あと、殴るから歯食いしばれ」 「ねえ、委員長、どうしよう〜! 火が消えそう!」 「はいはい、今行くわ!」  父──否、師匠の猛特訓のおかげで、アウトドアの知識とスキルを身につけた留乃歌は、当然のようにキャンプでは頼りにされっぱなしだった。それこそ、飯盒炊爨にいたっては、火おこしと火の管理は留乃歌の双肩にかかっているといってもいいほどだ。  カレーができても、ご飯が炊けなければ片手落ちだ。しかし、火の管理は慣れた者でなければ難しい。血のにじむような努力と、師匠による指導により、今の留乃歌はそのへんのボーイスカウトが弟子入りを申し込むほどの腕前になっていた。 「ああ、ダメよ。闇雲に薪をくべても燃えないわ」  留乃歌は慣れた手つきで分厚い軍手をはめると、くべられた薪を整理していく。 「火は空気がなくちゃ燃えないわ。うちわで扇ぐときも、火が弱まってるうちは扇いで、強くなったらやめていいのよ。ずっと風を送ってたら燃えすぎて危ないからね」 「ありがとう、委員長」  その言葉に、煤だらけの軍手を脱ぎながら、留乃歌は微笑んだ。  ──ありがとう、か。  感謝の言葉が、留乃歌の疲れを癒していく。委員長として、クラスのみんなを引っ張っていかなければいけないという使命感。ただそれだけで、ひたすらに努力してきたが、やはり感謝されれば嬉しいものだ。 「委員長ー、こっちも頼む!」 「もう、仕方ないわね」 「さっすがー! キャンプ奉行!」  とはいえ──少しだけ、留乃歌の心に引っかかる何かがあった。  ちらりと見やれば、カレー担当チームはなんとも華やいだ雰囲気だ。それもそのはず、もともと料理慣れした者たちが集まった結果、いわゆる「女の子らしい」構成になっているからだ。鶫は男子だが、遠くから見れば少女と見た目は変わらない。 「……ん」  一方、自分の手を見れば、分厚い軍手。土や煤で汚れている。  ──私だって、女の子なんだけどな。  男子たちは、すっかり留乃歌のことを当てにしている。キャンプに不慣れな女子はともかく、男子はもうちょっとしっかりしてくれないものか。   ──嬉しいけど。キャンプでほめられても、嬉しいけど、嬉しいんだけど。  留乃歌は、ぐいと乱暴に額の汗をぬぐった。自分を鼓舞するように、声を張り上げる。 「もう! だらしがないわね、男子たちは!  やがてできあがったカレーは、他のクラスがわざわざ見に来るほどの出来栄えだった。 「初めての飯盒炊爨とは思えないよ。さすが、みんなで協力しあった成果だよ」  ローマンが言うと、子どもたちは照れくさそうに、しかし嬉しそうな満面の笑みでお互いを見やった。 「鶫くん、お料理上手なのね」 「上手ってほどじゃないよ、単に慣れてるだけさ」  ミシェーラの言葉に、照れ隠しなのか、ぶっきらぼうにそう答えると、鶫はぷいと横を向いた。 「うん、美味しいね。さすがミシェーラ、将来はきっといいお嫁さんになるよ」  配膳が終わり、食事が始まると、一気にキャンプ場は賑やかになった。初めて自分たちだけで作ったカレー──不揃いな野菜の形も、ご飯のおこげも、格別だ。 「ねー、先生! ミシェーラちゃんだったら、きっとお嫁さんの貰い手がたくさんです!」  永菜がまるで我が事のように嬉しそうに言う。 「ははは、お嫁さんは一人のところにしか行けないんだよ。ミシェーラがみんなのお嫁さんになってくれたら、美味しい食事が毎日食べられるけどね」 「そっかぁ」  カレーを口に運ぶローマンの言葉に、ミシェーラはただただ黙って、真っ赤になってうつむくことしかできなかった。 ♪その日まで おやすみ  バスの中は静かだった。ローマン・ジェフリーズはそっと後ろを振り返る。  はしゃぎ疲れたのだろう、子どもたちはみな眠っている。毎年のことだが、子どもたちの寝顔を見ていると、この職に就いてよかったとローマンは思うのだ。幼い頃からの祖母への反発がこじれた結果とはいえ、これはこれで、自分の人生にとって良い選択だったのだ。 「今年も無事に終わりましたね……って、先生も寝てるんですか」  隣を見れば、引率の一人である保健医の夜淵四季もぐっすり眠っている。用意のいいことに、アイマスクまでつけていた。全力で寝る気なのだろう。むしろ学校に着いても起きない気がする。  ローマンは思わず苦笑しつつ、前へと向き直った。見覚えのある建物が、次第に近づきつつある。明日からは、新学期の準備も本腰を入れなければいけない。  非日常が終わり、日常へと帰る──たくさんの思い出を持って、バスはふたつの丘へと帰っていく。 ●Bon Voyage!  夏の終わりに、風が吹いた。  最初に気がついたのは昼寝中の猫だった。ぴんと伸びた自慢のひげが、夏の夕暮れの風で揺れて、猫は目を覚ました。  ぐい、と伸びて、猫は空をふと見上げた。  昼から夕へと陰っていく空の端に、不意に小さな影が浮かぶ。  猫は大きくあくびをして、その影をじっと見ていたが、やがて飽きて、どこかへ行ってしまった。  空に浮かんだ小さな影も、いつの間にか消えていた。   -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- 【PC】 ・野中永菜 ・御手留乃歌 ・ジェシー・ジョーンズ ・黒葛野鶫 ・水無月千鳥 ・アレクセイ・アレンスキー ・ニアシュタイナー・シュトライヒリング ・ミシェーラ・ベネット ・陳宝花 ・ジャンヌ・ツェペリ ・クラウディオ・トーラス ・ジャンゴ・リーボリック ・白鐘鈴香 【ちょっと出てきたね系PC】 ・葉柴芽路 ・白戸さぎり ・榛雫 ・辻風麻里子 【NPC】 ・シショー・ザ・イインチョー(御手留乃歌の父) ・ローマン・ジェフリーズ 【ちょっと出てきたね系NPC】 ・とっとこヴァンガード太郎 ・御手幾三 ・ルーチェ・ナーゾ ・片岡春希 ・キルシ・サロコスキ ・夜淵四季