-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第5回リアクション 05-C 夜が教えてくれたこと -------------------------------------------------- ●指をとれ  夏の日差しが和らぎ始めたら、それが新学期の合図だ。校門を並んでくぐる新入生たちの姿は、まるで雛鳥の行進だ。自分たちも、まちがいなくあれくらい幼かったはずなのだが、実感がわかない。思い出せないと言うべきか。  入学式が終わり、学校はいっそうにぎやかになった。廊下を走る新入生を注意するのは、去年同じように廊下を走り回っていた二年生だ。  ジェシー・ジョーンズは、そんな初々しい雰囲気の校舎を、校門に向かって優雅に歩く。その足取りは軽く、一歩ごとに体の一部が豪快に揺れる。ぷるん。 「ふふふ……新学期、そう、それは新しい日々の始まり」  そう言うと、なぜかくるりとターンを決めた。ジェシーにしては珍しく、今日は膝丈の黒いプリーツスカートに、黒いタイツといういでたちだ。その背にはカーテンで作ったらしい即席のマントを羽織り、ビニールテープを裂いて作ったひらひらの飾りを肩に載せている。静電気でやたらとくっつくのはご愛敬だ。  ジェシーが動くたびに、マントやスカートの裾がさらりと揺れ、当然体の一部も揺れる。ぷるん。 「校門……それは、出会いと別れの場所。朝おはようを言い、夕暮れとともにさよならを告げる場所。そして──」  ジェシーは不意に立ち止まると、びしりと指を天に突き上げた。ぷるん。 「上級生と下級生がすれ違う場所!」  そして、いつの間にか周りにできていた人垣に向けて、高らかに宣言する。 「探検するひと、この指とーまれ!」  ぷるん。    ジェシーの声に呼応するように、胸は揺れるのだった。  時は少々さかのぼる。新学期を迎え、どこかまだ緊張しているような、きまじめな空気が漂う昼休みに、ジェシーは探検部の面々を集めた。 「人は石垣、人は堀、情け無用のデスマッチに仇イズ敵……つまりここから導き出される答えはひとつ。人こそ城の土台に最適というワケね」 「人柱!?」 「ともあれ、いまは新学期。新入生や下級生を探検部に誘う絶好のチャンスだワ! 「古代遺跡」やヘルヴァの謎を解明するためにも、探検部はフレッシュで元気な即戦力を求めている……昨日のバスタイムに髪を洗いながらそう気づいたの。未経験者でも安心、優しい先輩がたくさんいて、笑顔が絶えないアットホームな部活だということを、ここぞとばかりにアピールすべき!」 「なんかちょっとブラックな響きがあるんだけど」  クラブ活動への勧誘は、これまで特に行われてきていない。ホームルームを使って、入りたいクラブがある生徒は申請をして入部するというのがほとんどだった。中には、非公認の自称クラブが生まれることもある。探検部も顧問が見つけられなかったら、部員たちが卒業したら──あるいは飽きたら──そのまま消えていってしまうかもしれない。幸いにも顧問は確保できているし、あとは部としての継続性をいかに保つかというのが、次の課題ともいえた。 「組織……ヒジョウな響きだわ」  ジェシーはため息をつく。だが、組織は時として、その存続そのものを至上の命題とすることがある。探検部に限ってそんなことは起こさせないとは思うものの、やはり新入部員が入らなければ、多くのうたかたクラブと同様に、やがて消えてしまうだろう。ジェシーにとってそれは避けねばならなかった。 「というわけで、新入部員獲得作戦ヨ!」  今なら夏休み明けということもあり、授業も早く終わる。放課後にはたっぷり時間があるのだ。なにより、新入生たちを誘う絶好のチャンスだ。 「でもさ、部員勧誘っていったって、なにするんだ?」  当然出てくる問いに、ジェシーは不敵に笑った。 「フッ……銀河を手にするのがギャラクシーカイザーならば、新入生を手にするのはこのワタシよ! 若い子をフィッシングするなら、厨二な響きがマストアイテムよ」 「チューニってなに?」  ──そして時はふたたび、放課後へ。 「探検するのー?」 「やりたーい」  ジェシーの周りにわらわらと下級生や新入生が群がる。 「うふふ、我が精鋭(仮)たちよ、まずはこれを見るのヨ!」  そう言うなり、ジェシーはおもむろにタブレットを取り出し、映像を再生し始めた。それは自由研究発表会の発表映像だった。いわゆる水曜日っぽいアレである。 「おわかりいただけただろうか……」 「わーなんかすげー」 「ジョーキューセーってこういうふうにやるんだー」 「ねーねー続きはー?」 「あらあら、欲しがり屋サンたちね……うふふ、続きはこの試練を乗り越えてからヨ!」  ジェシーは再び天を指さす。 「諸君への試練! それは「古代遺跡」についてナンデモいいからひとつ調べて持ってくること!」 「よくわかんなーい」 「コダイイセキってアレでしょ、ガッコーの近くにあるやつ?」 「ジョーキューセーがいいって言ってるから、中入っちゃおうぜー」 「怒られないかなぁ」 「だいじょうぶだよー、ジョーキューセーが行ってこいって言うんだし」  興味を持ったらしい下級生や新入生たちは、競争だとばかりに元気いっぱいに駆けだした。その後ろ姿を見送りながら、ジェシーは微笑んだ。 「フッ……我が征くは謎あふれる大海……」 ●星の庭  プラネタリウムのロビーは、しばらくぶりの静けさを取り戻していた。人の気配が希薄な空間に、足音が妙に響いて聞こえた。急にがらんとしてしまったように見えて、辻風麻里子はなんだか寂しくなる。 「まぁ、お休みが終わればこんなもんよ」  不意にかけられた声に顔を上げると、ルドヴィカ・ナーゾが受付ブースでにこにこと手を振っている。 「こんにちは」  麻里子はあわててぺこりと頭を下げる。 「なんだかんだいって夏休みはプラネタリウムの稼ぎ時でね、あんまりお話できなくてごめんね」 「い、いえ、そんな」 「来てくれる子たちが、みんな麻里子みたいにいい子だったらいいんだけどねぇ。どうにもうちの弟みたいなのが多くて」  ルドヴィカはそう言うと、麻里子に手招きをした。 「こっちおいで。一緒におしゃべりしよ?」 「えっ、その、いいんですか、入って……」  以前のように夏休み中であれば、誰かに見とがめられても言い訳もできそうなものだが、平常営業時に入っても平気なのだろうか──麻里子は思わず尻込みする。 「いーのいーの。今日は課長も出かけちゃってさ、閉館までここでぽつんとひとりぼっちなの」 「そ、そうなんですか……」  麻里子はおずおずと受付ブースの内側へと、足を一歩踏み入れて──なんとなく、そのまま後ずさる。 「大丈夫よ、見つかったって怒られたりしないから。いざとなったらね、職業体験ですって言えばいいから」 「は、はあ……」  本当にいいのかなぁ──と思いつつ、麻里子は促されるまま椅子に腰かける。ルドヴィカと並んで座ろうとしたが、受付の椅子は麻里子の背にはまだ高すぎた。地に着かない両足が、ぷらんと心細げに揺れる。  麻里子は足下を見つめた。ルドヴィカの足には、きれいな色のパンプス。シンプルなようで、サイドについた小さなリボンが自己主張する。対して自分は、いつものスニーカー。 「これが差なのかなぁ……」 「ん、何が?」 「えっ、いえ、別に、その」 「何よぅ、あたしと麻里子の仲じゃないのよ」  ぷにっと麻里子の頬をつつくその指は、足下と同様に、きれいに整えられている。爪は丁寧にやすりで磨かれ、健康的でつややかなピンク色だ。麻里子は思わず自分の手を見る──こちらもまた、いつも見慣れた自分の手だ。 「はぁ……」  思わず、ルドヴィカがすぐそばにいるにもかかわらず、麻里子は深いため息をついてしまった。 「……どうしたの? 学校で何かあった?」  その様子に、ルドヴィカが真剣な表情になった。 「えっ? え、いえ、そういうんじゃないんですけど……」  しばらく言うべき言葉を探して、麻里子は口ごもる。遠くで、時計が夕方四時を告げた。 「……その、うらやましいなって」 「うらやましい?」 「ルドヴィカさんの爪とか靴とか、きれい、だから」 「え、そうかな」  別に大したものじゃないけど──と言いかけて、ルドヴィカは口をつぐんだ。たぶん、麻里子が言いたいのはそういうことではない。ただ黙って、麻里子が自分から話し出すのを待った。 「……私、子どもっぽいですから。クラスの子はみんな、私と違って、自分のやりたいこととかちゃんと見つけて、頑張ってたりするのに」  ぽつりと麻里子が呟いた。 「ミシェーラちゃんとか素敵だし、委員長はいっつもみんなの面倒とか見てくれて、私がなにかドジなことしてもかばってくれますし──たまに怖いけど。雫ちゃんも、入院してるキルシ先生やクラスメートのために、いろいろ頑張ってるって。……なのに、私」  ──なんにもできてない。  そう口にしかけて、麻里子はその言葉を飲み込んだ。声に出してしまったら、どこまでも自分自身が情けなくなってしまいそうで。 「クロワちゃんは入院してる先生たちのお見舞いに行ったりしてるし、ジャンヌちゃんはおまじないのこととかすごく詳しいし、メリサちゃんは勉強もできるしお人形みたいにかわいいし、永菜ちゃんはハムスターの面倒いっつもしてて優しいし、ジェシーちゃんはいつも元気にクラブ活動してるし、芽路ちゃんやエルシリアちゃんは「古代遺跡」のこととかすごく調べてるし……みんな、なんていうか、すごくちゃんとしてるんです。なのに」  みんな、ちゃんと大人になっていっている。  学年がひとつ上がって、その分だけ、きちんと成長しているように見える。  ──私はどうなんだろう?  確かに進級できた。新入生から見れば、きっと「お姉さん」だ。でも、中身もちゃんと「お姉さん」だろうか? 「なのに、私は……私は、ちゃんと大人になれるんでしょうか。ルドヴィカさんみたいに、お仕事もして、きれいにおしゃれもできる、立派で素敵な女の人に」  麻里子は、そこまで言うと、また深くため息をついた。夕暮れのプラネタリウムは、静かだ。麻里子のため息は、深く深く海の底に沈む海の雪のように、ただそこに重たく積もる。 「──なれるよ。って、気楽に言うほど、あたしお人好しでもないし、そんなに優しくもないの」  しばらくして、ルドヴィカが言った。 「だってね、あたしも立派な大人になる方法がわかんないから」 「え」  麻里子は思わず顔を上げた──そんなはずはない、ルドヴィカさんは、と言いかけた口は、そっと人差し指で封じられた。 「でもね、さすがにあたしでも、ひとつわかることはあってね」  ルドヴィカはまっすぐに麻里子の目を見つめた。 「きちんと自分自身と向かい合って、悩める人は、きちんとした大人になれる──間違いないわ」 「悩める、人、ですか?」 「そ。きちんと悩んで、いろんなことにつまずいて、そのたびに痛いなぁって思いながら、でも立ち上がってまた歩きだして、今度は転ばないように気をつけて、でもまた別の何かにつまずいて転んで、何かにぶつかって……その繰り返し。でもその繰り返しはね、なくちゃいけないことなの」 「……ルドヴィカさんも、いっぱいつまずいて、いっぱい転んだんですか?」 「んー……まあ、ね。ただちゃんと立ち上がれてるかどうかは、わかんないな」  その言葉に、麻里子は首を傾げる──どういう意味だろう? 「反面教師。麻里子もそのうち、この言葉の意味が分かるようになるよ。そしたら、そのとき初めて、あたしは麻里子にちゃんと教えられたってことになるんだろうね」  そう言ってルドヴィカは、いつものように笑う。だが、その笑顔が、麻里子にはなぜか歪んで見えるのだった。 ●On Line Girls 「ウフフ、結果は上々のようね」  ジェシー・ジョーンズはほくそ笑んだ。トレードマークともいえるホットパンツ姿とは打って変わって、今夜は黒いワンピースに黒いタイツ、肩にはベッドシーツを使ったマントを羽織っている。 「今日はいつもと違うんですね。でもハロウィーンはまだ先のような……」  辻風麻里子はおずおずと言ってみた。対するジェシーは、ばさりとマントを翻す。ぷるん。 「これはね、銀河トーレス帝国の第一種軍装なの。孫にもステージ衣装、大晦日のサティコ=コバヤシ、人は見た目がおおむね十割って言うデショ」  ジェシーは不意に声をひそめた。 「これはね、新入部員獲得のための作戦なの。ネオ銀河ニンジャ軍団に聞かれるとマズイから、麻里子にだけそっと教えるワ!」  なお、麻里子と同様に尋ねてきた人全員に同じように答えているのは、第一種銀河帝国秘密保持事項である。触れたものには死あるのみ。ちなみに麻里子で十六人目だ。 「は、はあ……」 「内緒にしてネ?」 「あっ、はい」  夜──学校の廊下は、非常灯だけが淡々と点っている。普段見慣れた風景のはずなのに、今は異世界のように見えた。遠くの方では、クラスメートたちの楽しげな声が響いている。  ──早く戻らなくちゃ。  少女は足を速めた。せっかくのスクールナイト、友達と学校に泊まれる日とはいえ、宿題のことをすっかり忘れているのはさすがにまずかった。提出日は明日だというのに、必要なデータを持ち帰るのを忘れていたのだ。しかも運の悪いことに、移動教室の際にデータスティックを理科室に置いてきてしまったらしい。自分のミスとはいえ、思わず舌打ちのひとつもしたくなる。 「……誰?」  不意に人の気配を感じたような気がして、少女は薄闇に向かって声をかけた。だが、何も返ってこない。気のせいだったか、と少女は理科室の扉に手をかけた。その音は異様に大きく響き、少女は思わずたじろいだ。だが、暗いだけでいつもの理科室だと思い直して、一歩足を踏み出す。電気をつけようかと思ったが、先生に見つかったら叱られそうで、躊躇する。結局、暗闇の中を手探りで探すことにした。座った席の見当さえつけば、モバイル画面のバックライトでも十分探せる。 「……あれ?」  少女は目当てのもの以外に、奇妙な包みを見つけた。それはどうやら、小さな包装紙に包まれた袋だった。 「なんだろ、これ?」  置いていこうかと思ったが、これもまた誰かの忘れ物かもしれない。そう思い直して、少女はその袋を手に取った。  それだけならば、さして奇妙なことではなかっただろう。 「えっ、君も?」 「ボクも見つけたんだけど……」 「あたしも……」  スクールナイトついでに肝試しだ、といさんで抜け出していったクラスメートや、罰ゲームとして暗い校舎を歩かされたクラスメート──少女も含めると七人の手に、同じような袋があった。 「あたしは理科室」 「ボクは音楽室だよ」 「俺は渡り廊下のとこの階段で」 「昇降口の大きな鏡のところにあったんだけど」 「わたしたちは美術室よ」 「二階の女子トイレにもあったよ」 「家庭科室のドアの前にも……」  それぞれが袋を見つけた場所を口々に言う。 「ねえ、それってもしかして……」  不意に誰かが言った。 「七不思議と同じ場所だよ……!」  ──理科室の標本は、本当は生きている。時々こちらをにらんでいる。  ──音楽室の肖像画は、夜中になると画面から抜け出て、ピアノを弾く。  ──渡り廊下の階段は、夜になると段数が増えている。  ──昇降口の大きな鏡は、夜中に見ると自分の死に顔が映る。  ──美術室にある彫像たちは、夜中に会話している。  ──二階の女子トイレには幽霊が住んでいる。  ──家庭科室には夜入ってはいけない。幽霊が包丁を投げてくる。 「ま、まさか……」 「でも確かに場所は合ってるよ」 「七不思議って七個で終わりじゃなかったの?」  その噂は瞬く間に、ほかのクラスにも広まっていった。  少女が扉を開けると、クラスメートたちのかしましい声が飛んできた。 「あっ、こら永菜! もうどこ行ってたの? 心配したんだから」 「さあ、女子会トーク始めましょ!」 「えへへ、ちょっとお願いに行ってたんです」  野中永菜は、出迎えたクラスメートたちに笑顔で答えた。 「お願い?」  ミシェーラ・ベネットが不思議そうに首を傾げると、永菜は微笑んだ。 「秘密なのです☆」 「秘密、ですか……そう言われちゃうと、私、気になります」  辻風麻里子がおずおずと言った。 「あっ、そういえばさ、隣のクラスの子がさっき言ってたんだけど、七不思議の八番目が見つかったって!」  委員長こと御手留乃歌の思わぬ言葉に、少女たちは驚いた。 「えっ、何それ」 「なんでもね、スクールナイトの夜に、学校のいろんなところにお菓子を置いていく幽霊がいるんだって!」 「えー!」 「お、おばけさんですか!? そんなぁ、会いたかったのに……」  よほどショックだったのか、永菜はしょぼんとうなだれるが、周囲はむしろ安堵したようだった。 「そんなことないわ。お菓子をくれるからっていい幽霊とは限らないもの」 「そうよ、永菜が無事でよかったわ」 「きっとお化けさんは恥ずかしがり屋さんなんですよ」 「そっかぁ……」  落ち込む永菜だったが、来るハロウィーン・パーティに望みを託すことにした──だってちゃんとお願いしたですから♪  照明を落とし、頭からシーツをかぶる。手元にはモバイルを置いて、バックライトをつけっぱなしにした。これで先生に見つかりにくく、かつ最低限の明かりは確保できた。内緒で持ってきたお菓子を食べるのも、これで困らないだろう。 「じゃ、麻里子主催の女子会トーク始めるわよ」  留乃歌がいつものように場を仕切る。スクールナイトでおしゃべりを楽しみたいと言ったのは麻里子だったが、すっかり留乃歌がホストのようだ。 「えへへ、なんか緊張しちゃうね」 「でもこういうの楽しいよね」 「や、やっぱり、こ、こういうときは、こ、こ、コイバナですよね!」  うわずった声で麻里子が言うと、ミシェーラの頬が薄明かりの中でもはっきり分かるほどに赤くなった。 「ではミシェーラからどうぞ!」 「えっ、え、そんな」 「ん? 好きな人いるわけじゃないの?」 「そ、それはその、いるけど……」 「えっ、誰? 言っちゃいなさいよ、せっかくだから」 「ジェシーちゃんみたいなこと言わないでよ〜」 「や、や、やっぱり、その、こ、告白とか、しちゃうんでしょうかっ!?」 「そうよ、そこがこの問題の焦点だわ」 「好きな人には、好きって言っちゃうのがいいと思うです!」 「ちょっと、もうみんな落ち着いて」  ミシェーラがシーツに顔を埋めても、女子会は止まらない。 「やっぱり好きな人のためにおしゃれとかしちゃうのよねぇ」 「そ、そ、それは、その、ちょっとは、少し……」 「ああ……そういうの、憧れます」 「ミシェーラちゃんはいつもどこでお洋服買ってるの?」 「えっと、えっと」 「あ、今度みんなでお洋服見に行こうよ〜」  女子会というにはまだ幼い、少女たちのそんな夜は、にぎやかに更けていった。 ●肺いっぱいの歌 「はい……はい、いえ、ありがとうございます」  相手はそこにいるけれど、いない。それでも少女は深々と頭を下げた。  通話終了を告げるアラートが鳴り、画面から通話相手の姿が消えた。そこでようやく、少女はゆっくりと息を吐いた。 「よかった……」  これまでの経緯からいって、よほど失礼な物言いをしない限りは、早々断られることもないだろうと思ってはいるが、やはり承諾を得るまでは安心できない。  通話のあとは、いつもほんの少しだけ後悔する──本当に、自分にできるんだろうか。  だが、少女は決めたのだ。  学年がひとつ上がった。だから、ひとつ、新しいことに挑戦する、と。 「キルシ先生たちも頑張ってるんだもの」  そうつぶやくと少女──楪雫は楽譜演奏アプリを起動する。そこに並ぶ音符をゆっくりと目で追った。 「わたしも……頑張って、何かしないと」  新入生の入学式からもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。スクールナイトも終わり、学校にも少しは慣れた頃だろうと、毎年この時期には新入生歓迎会が開かれる。上級生として新しい後輩を歓迎しつつ、自分たちが「先輩」になったのだという自尊心を芽生えさせることで、上級生としての自覚を持たせる──というのが、教師たちの思惑でもある。  上級生たちは思い思いの歓迎方法で、新入生を迎える。クラス単位で出し物をするところもあれば、数人の有志たちによるささやかなお祝いもある。  そのなかでも、楪雫は、たった一人で歌うことに決めた。病院に入院しているキルシ・サロコスキや、衛宮さつき、穂刈幸子郎も一緒に新入生を歓迎できるように、歓迎会の様子を生配信する手はずも整えてある。  日頃から控えめで、いつも静かにたたずんでいる彼女の思いがけない行動に、クラスメートたちは内心驚いていた。 「一人で歌うなんてすごいよねー。クラスの合唱だったらまだいいけど、大勢の人の前で歌うなんて無理無理、絶対緊張しちゃう!」 「雫は歌が上手だからなぁ……いいなぁ、うらやましい」 「あたしも雫ちゃんくらい歌えたらなぁ」 「声きれいだもんねー」  屈託のないクラスメートたちの会話さえも、雫にとっては心臓の鼓動を速めるだけだった。  新入生歓迎会の様子は、キルシたちが入院している病院にも配信されている。そのことを知る子どもたちは、カメラに向かって精一杯おどけてみせる──きっとその先で、入院している大事な「友だち」が大笑いしてくれていると信じて。 「それでは、次は楪雫さんの独唱です」  司会進行役の女性教諭の声が聞こえる。わっと起こる拍手に、思わず足がすくんだ。それでも雫は一歩を踏み出した。  壇上から見えるのは、雫のことをじっと見つめるたくさんの瞳。落ち着きのない新入生たちは、雫の緊張を感じ取ったのだろうか、誰ともなくおしゃべりをやめた。  ピアノを伴奏してくれる教師に、そっと目をやり、浅くうなずいた。それを合図に、前奏が流れ始めた。  ──今ここにいる人に。  ──今ここにいない人に。  雫はそっと目を閉じた。深く息を吸い、ゆっくりと歌い始める。  ──いつも助けてくれる人に。  ──いつもそばにいてくれる人に。  新入生たちは歌い始めこそ、どこかこわばったような、神妙な面持ちだったが、それもすぐに溶けていった。  ──大好きだよ。  ──ありがとう。  雫はおとなしい、控えめな少女だ。大勢の前に立つのは苦手だし、誰かと競い合うというのも──どういう形であれ──内心あまりやりたくない。言いたいことを、相手や周囲の雰囲気に気兼ねして、そっと飲み込むのは日常茶飯事だ。  けれど、歌は違う。  歌なら、雫は自分の思いを素直に表現することができた。それでも、人前で歌うのは苦手だった──自分の主張を言葉で伝えるのと同じくらいに。  だが、入院中のキルシやさつき、幸子郎を見ているうちに、雫の中でゆっくりと、だが確実に「なにか」が変わっていった。  ほんの少しだけ──だが雫にとってはとてつもなく勇気がいる──、自分の気持ちを素直に相手に伝えるようにしてみよう。そう思ったのだ。雫が素直に自分の心を伝えるのに選んだのは、歌だった。    ──いつも、いつでも  ──想っているのに、うまく伝えられない  ──ありがとう  ──私たちは仲間だよ  ──大好きだよ  雫の歌声と、ピアノの伴奏が終わる。一瞬間が空いて、わっと拍手が起こる。雫はそれが自分一人に向けられたものだとわからず、しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。やがて、司会進行のアナウンスに背を押されるように、足早に壇上を降りたが、頭の中は真っ白でなにも考えられない。  みんなが口々に何かを言っているようだが──言葉は聞こえるのだが、雫にはそれが理解できない。意味のない音にしか聞こえない。音に色がついているとしたら、今はきっと無彩色だっただろう。 「よく頑張ったね」  その中で、たった一言、雫が理解できた声があった。 「……ローマン先生」  拍手と笑顔で出迎えてくれた担任教師の顔を見るなり、雫の頬を一筋、涙がこぼれていった。  ああ、うれしいときでも、私って泣くんだわ。  辻風麻里子もまた、雫の歌に惜しみない拍手を送る側だった。 「雫ちゃん、いつもはおとなしい子なのに」  ふと手を止めて、じっと見る。いつもおとなしくて、いつも控えめで、人前に出るのを恥ずかしがって──そんな雫でさえ、大勢の前で堂々と歌いきったのだ。 「私にも、なにか、できるかな」    数日後、ハロウィーン・パーティでも「楪雫ソロ・コンサート」をやろうとクラス中が盛り上がった上に本当に実行することになるとは、このときの雫には思いもよらなかった。 ●ライサ・チュルコヴァの無口な席  もともと、この教室には人が欠けていたのだ。衛宮さつき、穂刈幸子郎、そしてキルシ・サロコスキ。  三人も欠けていた。そして、また一人。  エルメル・イコネンは、そっと窓際の席を見やった。秋の日差しは柔らかく、あと二時間もすれば夕暮れの色合いへと移るだろう。午後の陽光が眠りへ誘うその席に、座っていた彼女はいない。  もう一週間。  彼女──ライサ・チュルコヴァの姿が教室から消えて、もう七回も陽は昇り、そして落ちた。  最初は話題にもなったが、やがてそれも消えていった。触れてはいけないと感じ取ったのか、あるいは早くも「日常」として受け入れたのか──エルメルは、そのどちらでもなくて。  エルメルは、彼の言葉を信じるよりほかにない。  エルメルは、じっと自分の両手を見つめる。  その手からこぼれ落ちていくものと、つかんで守れるもの──その違いを、エルメルはまだ考えないようにしている。  希望なら、いつだって、この手とともにあるはずだから。 ●通達(生存者の薔薇園)  最初は、小さな小さな──空をどんなに注意深く見ていても見落としそうな──点に過ぎなかった。  いつもと変わりない、午後の日差しの中で、誰もがいつもと変わりない夕暮れを迎えるものだと思っていた。  猫たちが、じっと空を見上げている。その髭はピンと前を向いていた。  空を普段から見上げる習慣があったなら、それに気づくこともできたかもしれない。だが、それは最初はあまりにささやかすぎた。  ふと落ちた影に、太陽──と便宜的に呼ばれているもの──が雲に隠れたのだと思ったときには、それは地表近くまで降り立っていたのだ。何気なく空を見上げ、そして息をのむ。  大きな。  あまりに大きな、影。  それが何であるかを認識するのに、時間がかかったのも無理はなかった。かつて、この星に強制的に降りざるを得なかったあの船のことを、リアルタイムで覚えているものはもういなかったのだから。 「あれ、なぁに?」  ティベリス通りで、その影を指さす子どもの無邪気な声が、やけに透き通って響いた。  地上の人々の視線を一身に浴びながら、その影はやがて言った──最初は音声で。次に紙という貴重なメディアを、惜しげもなく地表にばらまいた。そこに書かれていた文字は、日頃使っているものとよく似通っていたので、解読するのは容易だった。  ──そして、その内容は、瞬く間にネットワークの海にも広がっていった。 「我々は太陽系の第三惑星、あなたたちの故郷である地球からやってきた。我々は、あなたたちに危害を加えることはない。我々は、あなたたちと再び出会えた奇跡を、この宇宙のすべてに感謝する。我々は、同じ地球から生まれた者として、あなたたちの生存を心から喜び、そしてこれまであなたたちが味わったであろう様々な辛苦を分かちあいたい。それがたとえ罪滅ぼしにさえならないとしても」  そして、大きな影──それが地球生まれの恒星間用駆逐艦だと知る者は、この星にはいなかった──は言った。 「ビス・エバンス、クリス・グランヤード、葉柴芽路──どうか、我々と会ってほしい。この星で生きることを決意した勇敢なあなたたちと、地球に生きる我々とを、どうかつないでほしい。ヘルヴァの名をもらった彼女も、あなたたちに会えるのを心から待っている」 -------------------------------------------------- ■ マスターより -------------------------------------------------- ・次回で最終回です。リアクション発行が遅れ、大変申し訳ございません死ぬ。 ・探検部の新入部員は八名確保できました。 ・七不思議の八番目が爆誕しました。 ・なんか来ちゃいました。関わるも関わらないも、みなさんの自由です。 -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- 【PC】 ・ジェシー・ジョーンズ ・辻風麻里子 ・楪雫 ・野中永菜 ・御手留乃歌 ・ミシェーラ・ベネット 【チラリズム系PC】 ・エルメル・イコネン ・衛宮さつき ・穂刈幸子郎 ・ビス・エバンス ・クリス・グランヤード ・葉柴芽路 【NPC】 ・ルドヴィカ・ナーゾ ・ローマン・ジェフリーズ 【チラリズム系NPC】 ・キルシ・サロコスキ ・M/ヘルヴァ