-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第6回リアクション 06-C/D Etude Op.10-3 -------------------------------------------------- ●Double Trouble  ふたつの丘は十年ぶりだ。あの頃から変わらないものもあれば、変わってしまったものもある。十歳だったぼくは、いまではもう二十歳だ。親の仕事の関係で、あちこちの街を転々とした。それぞれの街でいろいろなことがあった。楽しいことも、悲しいことも。それでも、子どもの頃を思い出すと、まっさきに思い出すのはふたつの丘だ。  そう、ちょうど地球から来訪者がやってきた頃だっけ。あの時は街中は大騒ぎで、学校もよく休校になった。現金なもので、学校がある頃はだるいとか、休みたいとか思うのに、いざ休みになるとなんだかさみしかったり、つまらなかったりする。そんなものといえば、そうなんだろうけど。  あの頃は、委員長がよく怒ってたっけ。「学校行事にはちゃんと出なさい!」って。今思えば、委員長なりに、地球から指名された三人のことを思ってのことだったのかな。特別扱いには、良い特別扱いと悪い特別扱いがあって、あの頃の三人はどちらかといえば、後者だったから。  委員長の名前ってなんだったっけ……そうそう、御手留乃歌だ。  *   *   *  地球からの来訪者は、三人の子どもを交渉役に指名した。なぜ、その三人なのかは誰も知らないが、相手が名前を知っているということは、ある程度すでに交渉めいたものがあったのだろう。その程度のことは、誰でも勘づくことだった。おそらくそれが不幸の始まりだっただろう。あっという間に情報は流れ、三人の子どもたちの名前や住所は拡散していった。調べればすぐわかることだから、ある意味ではそれは仕方がなかった。連日、学校前には報道陣が詰めかけ、校長や担任のローマン・ジェフリーズに質問を投げかけた。子どもたちは自分たちも応えるといったが、メディアスクラムの前に、当人たちを出すのは、飢えた獣に生きた赤ん坊を差し出すようなものだろう。散々食い散らかされるのがオチだ。  学校側や保護者たちが子どもを守ろうとすればするほど、報道はエスカレートしていく。授業中に学校に浸入する記者が相次ぎ、学校が休校を宣言するのに十日もかからなかった。  降ってわいた突然の休みを、素直に喜べる者は少なかった。好奇の目にさらされるのを恐れて、しばらくは街を離れるという選択をした家族もいた。特に、地球から指名された三人の家は、いつのまにか無人になっていた。おそらく、どこかへ行ったのだろうが、その行き先は誰も知らなかった。  日常はあっけなく壊れていった。いつ元に戻るのか、誰にもわからない。地球の人間が、なぜ先月突然に現れたのか、どうして三人の子どもを指名したのか、話題は尽きないが、誰も答えを知らない。 「何が地球からの来訪者よ!」  委員長こと御手留乃歌は、ニュースを見る度に奥歯をぎりりと鳴らした。いつになく荒げた声に、母も心配の色を隠せない。 「学校まで休みになっちゃうし、学校行事はちゃんとしなきゃだめなのに!」  メッセージラインでも、学校がいつ始まるのか──特にスポーツ大会を楽しみにしていた生徒たちの小さな不満や不安が満ちている。しかし、指名された三人のことや、マスコミの目を気にしてか、その声はひどく小さかった。 《なんであの子たちなの?》 《あいつら何したの?》 《なんかすごい話だけどさー、これからどうなるの?》 《あーあ、スポーツ大会楽しみだったのになぁ》 《これってトバッチリじゃねーの? 俺らに関係ねーじゃん》  不満の矛先が、留乃歌のクラスメートに向かっていくのは時間の問題だった。ただでさえ、見知らぬ大人たちの好奇の眼差しが矢のように突き刺さるのに、学校の友だちからも異様なものを見る目で見られては、彼らの立場はどうなるというのか。 《絶対、中止になんかさせないわ》  留乃歌は、思わず感情的になりそうな言葉を必死に抑えながら、それだけ書き込んだ。ほうぼうに頭を下げるくらいはどうということもないし、学校が許可しないのなら、自主的にスポーツ大会を開催することだってしてみせる。 「私たち、同じクラスの、友だちなんだから」  留乃歌は、自習課題として出されたドリルをさっさと片付けると、保護者や学校の先生の連絡先リストを作り始めた。  十一月中旬に入り、休校を続けたおかげなのか、それとも他の取材先を見つけたのか、マスコミの数は徐々に減っていった。授業も再開されたが、昼で終わることが多い。それでも、教室で友だちの顔を見れば、多少は元気が出るものだ。 「魔女さん、スポーツ大会できるかなぁ」  休み時間に、色とりどりの刺繍糸と格闘しながら、瀬木戸鈴夏はぽつりと言った。次の授業は、どうやら自習になりそうだ。担任のローマン・ジェフリーズの顔を、しばらく見ていない。鈴夏でも、さすがにそろそろ、この状態が続くことに焦りのようなものを感じ始めていた。 「委員長が、あちこちにお願いしてくれてるみたいじゃん? あたしらも、なんかした方がいいよね」 「そう、ね」  魔女と呼ばれた少女──ジャンヌ・ツェペリは、鈴夏に請われるままにミサンガの作り方を教えながら、静かにうなずいた。委員長こと留乃歌は、率先してスポーツ大会開催に向けて、あちこちと連絡を取っている。おそらくは開催できるだろうというのが、留乃歌をはじめとする有志の実行委員会の結論だったが、例年のようにトーナメントマッチで競い合うというのは難しそうだ。くじ引きで試合相手を決めて、一試合。それで終わりになりそうだが、開催できないよりはマシだろう。 「大会もだしさ、キルシ先生とか入院してる子もいるし……何より、今みたいな状態に負けたくないじゃん」  そう言って、鈴夏は慣れない手つきで刺繍糸を編んでいく。  鈴夏の願いはひとつ──みんなで、勝つ。  何に勝つかは、人それぞれだろうが、負けたくないのだ。鈴夏自身も、何かに。 「ええ、必ず勝てるわ」 「魔女さんがそう言うと、なんとかなる気がするわー。やっぱ魔法はすごいね!」 「ふふ……すごいのは魔法ではなくて、あなた自身よ」 「へ? なんで?」  ジャンヌは穏やかに微笑んだ。 「秘密」 「えー、何それー」  きっかけを作るのも、最初の一歩を踏み出すのも、最後の言葉を口にするのも、魔法使いではなくて、その人自身が行うこと──魔女の役目はね、ともにあり、ともに泣き、笑い、そしてその背中を押すことなの。 「よし、お前たち。練習の時間だ」  スポーツ大会の日程はまだあやふやだが、それでも開催できそうだと知った時、率先してそう言ったのは、クラウディオ・トーレスだった。 「なぜなら俺には、このクラスを栄光へと導く使命がある。貴きもののさだめだ」 「はぁ」  なんかまた始まったなぁという面持ちでクラウディオを見るクラスメートたちだったが、「いつもどおり」のクラウディオを見ていると、なんだか安心するのも事実だった。 「というわけでだ、諸君。賢明なる諸君らに、この俺から偉大なる指示をひとつ与えよう」 「はぁ」  クラウディオはクラスの面々をぐるりと見回すと、おもむろにタブレットを取り出し、音楽を流し始めた。勇ましく、そして華やかな曲調が教室に鳴り響く。どうせ隣のクラスも自習なのだから、ボリュームを大きめにしても問題ない。たぶん。  ──GET GOAL! GET GOAL! 「ここで拳を握って、リズムに合わせて振り上げろ」  ──輝いて 我らに夢をきっと叶えよ 「で、ここでボックスステップな」  ──トーレス!! 「いいか、このタイミングで全員でジャンプだ!」  なぜか実演指導つきだった。 「さあ、この歌を試合中ずっと歌い続けるのだ!」 「ずっとデスカ」 「うむ、ずっとだ」  クラウディオは深く頷いた。 「いかなる場所でも敗北を知らず、進む先には勝利と栄光あるのみ。それが俺の人生であり、俺そのものなのだが、より輝くためにも諸君らの力が必要だ」  マスター・オブ・ふたつの丘、左足の独奏者(ソリスト)、エル・ニーニョ、インペラトーレ、ニンジャ・バズーカ、闘将クラウディオ、序盤の猟犬、早すぎたワンダーボーイ、サッカー魂の権化──などなど、さまざまな異名を持つ(予定)クラウディオは、鬨とばかりに宣言した。 「この俺が、栄光の地へと必ず導く! ついてこい!」 ●Shut Up 'n Play Yer Decks  ──トーレス! ってね。今でも踊ろうと思えば踊れそう。いや、さすがにちょっと無理かな? でも音楽があればいけるかも。クラウディオくんはいつもなんか突拍子のない人だったけど、でもリーダーシップってああいうことなのかもしれない。クラウディオくんが言うならなんだかできそうな気がしたし、なんだかんだ言ってすごく楽しかった。女の子たちは、まあだいたい呆れ顔だったけど。  結局、あの年のスポーツ大会は、自習時間にやるドッジボールやサッカーの延長線みたいだったけど、でもやれないよりは全然マシだった。すごく楽しかった。そうだ、せっかくだから、同窓会のあとで、みんなであの頃みたいにサッカーやるのはどうだろう。クラウディオくんに提案してみよう。きっとまたあの歌を歌えって言ってくれるはずだから。  *   *   *  ──GET GOAL! GET GOAL!  校庭に、歌声が響く。ピッチの覇王──クラウディオ・トーレスは、軽やかにゴールを目指して走っていく。相手のディフェンスをすり抜け、キーパーと対峙する。鋭く蹴られたボールは、まっすぐにゴールへ突き進み── 「あー……」    ゴールポストに当たって、理想的な放物線を描いて飛んでいった。 「まあ、笑いを取るのも王者の務めだ」  二点先取していることもあって、クラウディオの顔に浮かぶのは余裕の笑みだ。  榛雫は、非常に困っていた。とにかく困っていた。逃げ出せればいいのだが、それはできなかった。なぜなら、今はドッジボール中だからだ。 「がんばってー!」 「だいじょうぶ、できるよー!」  外野から声援が飛んでくる。タイムアップまであと一分を切ったが、雫にはそれが永遠よりも長く感じられた。 「あっとひっとり!」  隣のクラスの女子たちが、口々に言う。そう、内野にはいま、雫ひとりなのだった。相手チームは雫を討ち取っても討ち取らなくても勝利は確定している。そのせいもあってか、相手にはずいぶん余裕が感じられる。 「雫ちゃーん!」 「がんばって、あともうすこしー」 「はっ、はいっ」  返事をしてみたのはいいものの、何ができるというわけでもない。相手チームの陣地を見れば、運動好きなのだろう、慣れた手つきでボールを構える女子と目が合った。 「あ、あはは」 「えへへ」    ぺちん。  かなり手加減されてはいたものの、見事にクリーンヒットした。  スポーツ大会は、規模こそ小さいが、それでも子どもたちのストレス解消には一役買ったようだ。有志の実行委員会の面々と後片付けをしていても、誰も文句ひとつ言わない。普段なら文句を言いながら、できる限りサボろうとする男子たちも、わいわいとじゃれ合いながら手伝っている。  雫が教室へ戻ろうとしていると、ローマン・ジェフリーズが校長室から出てくるのが見えた。どこか疲れたように見えるのは、やはり連日のマスコミ対応のせいだろうか。入院中のクラスメートやキルシたちのために、映像配信の相談も結局できずじまいだった。  雫は、逸る気持ちを抑えながら、何気ない様子でローマンに近づいた。廊下を歩いて行くローマンの足取りは、雫が知るそれよりも、少し遅い。やはり疲れているのだろうか、それとも何か考え事でもしているのだろうか。 「──先生」  最初の声は、ややかすれていた。普段どおりの声が上手く出ない。それでも、ローマンは雫に気づいて振り返った。 「ああ、片付けはもう済んだかい?」 「はい」  雫は右手首につけたミサンガをぎゅっと左手で握った。鈴夏と、魔女──ジャンヌが作ってくれたお守りだ。必ず勝てるよ、と言って笑う鈴夏とジャンヌの顔を思い浮かべると、なぜかほっとした。 「あ、の」  一回だけ、深呼吸。 「先生、好きです」 「ん?」  それが意味するところを、ローマンはどうも気づかなかったらしい。 「ああ、先生も雫のことは好きだよ?」 「そうじゃなくて」  ああもうこの人ってば鈍いわ!──思わず、らしくもなくカッとなるが、それでも雫は落ち着いて言った。 「好きです。先生から見たら私はまだ子どもかもしれないですけど……先生を好きな気持ちだけは、子供あつかいしないでください」  やや間があって、ローマンが参ったな、と呟きながら苦笑いするのが見えたとき、雫はなぜか安心と落胆の両方を感じた。 「……ありがとう。でも、そういう気持ちは大人になってからでないとね」  そう言って、いつものように頭を撫でる──ああ、もう。やっぱりこの人ってば鈍いんだから。 ●Once in a Blue Moon  でも、スポーツ大会はこじんまりとしたものだったのに、テストはきっちりやるって、正直そりゃないよって思ったなぁ。まあ、一ヶ月くらいしたらマスコミの数も減って、学校の授業も多少は元通りになったけど……。そう、ぼくのクラスはびっくりするくらい頭のいい子が多くて、なんだかぼくはテストのたびにいたたまれない気持ちになったっけ。あの子たちは、今どうしてるのかな。やっぱり就職じゃなくて高等教育課程に進んだのかな。  *   *   *  百日紅メリサはなんだか変わった、と誰もが思っていたが、なぜか口には出せなかった。当のメリサはいつも通りとばかりに、まったく周囲を気にせず過ごしている。 「ねーねー、勉強してきた?」  テスト前の常套句だ。他愛ないおしゃべり。返す文句も決まっている──ううん、全然、勉強なんかしてないよ。  当然、それはメリサにも向けられた。  いつものメリサなら、人形のように愛らしく微笑んで、場の雰囲気に合わせただろう。 「……まあね」  愛想も素っ気もなく答えると、メリサはぼんやりと窓の外を見る。その様子に、友人たちは思わず顔を見合わせる。ミシェーラ・ベネットが間を取り繕うように、別の話題を切り出すと、他の少女たちも慌てて気まずそうに笑った。  メリサですら勉強していないというのだから、普通の子どもである自分たちがテストで悪い点を取ってもしかたがないのだ──そんな安っぽい免罪符代わりに使われるのは、もう飽きた。ただ、それだけのこと。  テストが始まると、メリサは怒涛の勢いで問題を解いた。所要時間はほぼ五分。見直しに一分。合計六分ですべてが終わった。周囲が少しざわついたが、メリサは意に介さず、机に突っ伏して、そのまままどろんだ。夢は見なかった。  案の定、テストが終わると職員室に呼ばれた。ほんの少しの説教のあと、メリサは言った。 「別に、これが本当の私ですから」  ローマンは怪訝そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。  ──ああ、めんどくさい!  放課後の廊下を、メリサは気だるげに歩いている。ふと空を見あげれば、地球からやってきたという巨大な船が浮かんでいる。先月からずっと、もはや見慣れた風景だ。  地球からの来訪者というニュースを耳にしたとき、メリサは思わずぽつりと呟いた。 「何よ、それ」  街中が大騒ぎになり、学校にはマスコミが押しかけた。ご使命の三人と同じクラスだということがバレると、メリサも例外なく追い掛け回された。その時思ったのだ。  ──めんどくさい!  母の小鳥や周囲からの期待を裏切らないようにしてきた、それまでのすべてが一気に馬鹿らしくなった。世の中は広くて、宇宙を越えてかつての同胞がやってきてしまうというのに、いったい自分は何と必死に戦っているのだろう。戦って何になるというのだろう。誰にも褒められず、誰にも気づかれない、そんな功績に何の意味があるのだ。果てしない宇宙やら政治的思惑やら、そんなものに比べたら、自分の母なんて、そもそも敵ですらなかったのだ。  空に浮かぶ船に向かって、メリサは叫んだ。 「バッカみたい!!」  廊下を歩いていた数人が振り向いたが、メリサは無視して歩いて行く。ひたすら歩いて行く。自分は「かわいいメリサちゃん人形」ではないのだ──これからは自分で歩いてやる。 ●Fragment Acoustic  ぼくのクラスには担任の先生がふたりいた。キルシ・サロコスキ先生と、ローマン・ジェフリーズ先生。でも、キルシ先生は入院していたから、ぼくにとって、ふたつの丘での担任の先生といったら、ローマン先生だ。ローマン先生も、地球からの来訪者騒動のあと、学校を辞めちゃったんだっけ。お別れ会もできなくてさみしかったけど、今日の同窓会には来てくれるって。喜んでる子も多いだろうな、女の子に人気あったし。  そういえば、先生ってばクリスマスパーティにも来てくれなかったなぁ。残念。まあ、今思えば、いろいろ責任とか感じてたんだなっていうのは分かるんだけど。あの頃には、先生たちはみんな大人で、だからぼくらみたいにいろいろ悩んだりはしなくて、答えがわかってるんだって、そんな風に思ってた。大人になってわかるのは、そんなわけないってことだ。  *   *   *  十二月二十五日──いわゆるクリスマスだ。かつてこの地に、なかば強制的に移住せざるを得なかった祖先たちは、不用意なトラブルを避けるために、できるだけ宗教的な儀式や風習を大々的に行うのを避けていた。それ自体はあまり意味のある行為ではなかったが、救援どころか地球との連絡も絶望的だった状況下において、特定の神や価値観に傾倒するのは、危険なように思われていたのだ──事実、カルトめいた小集団が生まれては消え、中には集団自殺や暴行事件といったトラブルを起こしていたこともあったのだから。  だが、それさえも今では昔のできごととして、すっかり忘れられている。人々の思いは、語り継ぐものがいなければ消えていくのだから。 「メリー・クリスマス!」  野中永菜が、景気よくクラッカーを鳴らすと、それに続くようにクラッカーがいくつも鳴らされた。終業式が終わったあとのクリスマスパーティだ。本当は体育館まるごと使うくらい大々的にやりたかったのだが、マスコミ対応に追われる先生たちに相談しても、なかなか良い返事はもらえなかった。もちろん、反対はされないし、むしろストレスを感じているだろう子どもたちを思ってか、ぜひやりなさいと勧められるほどだった。単に、学校側に永菜の思いを受け止めるだけの余裕がなかった──ただ、それだけのことだ。  とはいえ、その程度で諦めていては、女の子は務まらない。永菜はさくっと方向転換して、せめてクラスメートだけでも楽しくクリスマスを過ごそうと、放課後パーティを提案した。お菓子やジュースを持ち込んで、夕暮れまで遊ぶのだ。成績表のことは、今は忘れよう。 「ウチの自慢のゴマ団子と月餅だヨ!」  永菜と同じ気持ちなのだろうか、陳宝花もパーティを盛り上げようと、自宅からわざわざ中華菓子を人数分持ってきてくれた。久々に登校してきたライサ・チュルコヴァに、ぎこちなく笑いかけながら菓子を薦めている。 「ライサさん、髪の毛切ったんですね」  永菜が話しかけると、ライサは曖昧に笑った。ショートカットのライサは、永菜の目にはひどく新鮮に映った。 「うん、まあね」  だが、その笑顔はなんだかぎこちなくて、永菜は妙な胸騒ぎを覚えた。それに反応したのか、ポケットの中のヴァンガード太郎が、もぞもぞと動いた。  ミシェーラ・ベネットが、校長室から出てくるローマン・ジェフリーズの姿を見つけたのは、教室でのクリスマスパーティが終わった頃だった。同席していたら、パーティは楽しめなかったような気がするが──緊張してそれどころではなかっただろう──、いなければいないで、なんだか寂しかった。 「先生、どうされたんですか?」  後ろ手に、手首につけたミサンガを触りながら、何気なくミシェーラは話しかける。職員室ではなく、校長室から出てくるのも、なんだか奇妙な気がしたが、これから言うべきことを考えたら、違和感などどこかへ消えていった。 「ああ、ちょっとね」  ローマンはいつものように笑うから、ミシェーラは安心した。 「あ、あの先生?」 「なんだい?」  顔を見たら、さきほど感じた安心はどこへやら──ミサンガをぎゅっと握りしめて、ミシェーラは言った。 「わ、私、ローマン先生のことが……好きですっ!」 「二度目だ」 「え?」 「ああ、いや、こっちの話」  ミシェーラは大きく息を吸うと、一気に言葉を吐いた。 「……お返事は、い、今はいりません! えっと、つまり、その、私が結婚できるようになって、その、その時に、先生が、ま、まだ結婚してなかったら……」  ぽん、と頭に手を置かれた。 「ありがとう」  そして、二、三度頭を撫でて──それきりだった。   ●Wake Up Call  ぼくたちは全然ぴんと来なかったけど、ローマン先生は相当ストレスとか責任感とか感じてたんだろう。なにせ、地球からの来訪者に指名された三人の担任だったから。子どもたちが地球とコンタクトを取っていたのを知っていたのか、あるいは知らなかったのか。知らなかったのなら、教師としてどうなんだ、指導力不足じゃないのか──まあ、そんなようなつまらない話。  全然わかってないよね。  だって地球とのコンタクトだなんて、そんなの、大人に話すわけないじゃないか。  大人たちには内緒にして、ぼくらだけの秘密にするんだ。ぼくがあの三人だったとしたら──確証はないけど、それに近いことはしたと思う。  ぼくらの、ぼくらだけの秘密。「古代遺跡」はそういう場所だったんだから。  でも、ローマン先生は、そう思うわけにはいかなかったんだろう。  だって、大人だったから。  後から聞いた話だけど、子どもたちが自分を信頼できる大人だとは思わなかったから──つまり、自分の教師としての資質と指導力不足も騒動の一因だ、と言って先生を辞めたんだそうだ。  それは全然違うって、ぼくらは知ってる。地球の人たちが来る前に、先生に相談した子もいたって聞いた。そもそも、自分たちの秘密を秘密のままにしておきたいのは、誰だってそう思って当然なんだから、気にすることはなかったのに。  でも、先生は学校を辞めた。  誰のものでもない責任をとって。  ……ああ、もうこんな時間か。つまらない話はもうやめよう。  ちょっと早すぎたかと思ったけど、そうでもないみたいだ。何人か、見覚えのある顔がちらほら見える。あれからもう十年経ったなんて、全然ぴんと来ない。  なんていって、声をかけようか。 -------------------------------------------------- ■ マスターより -------------------------------------------------- ・ご参加いただきありがとうございました。 -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- ・山野ニコ=トポ ・御手留乃歌 ・クラウディオ・トーレス ・楪雫 ・瀬木戸鈴夏 ・ジャンヌ・ツェペリ ・百日紅メリサ ・ミシェーラ・ベネット ・陳宝花 【NPC】 ・キルシ・サロコスキ ・ローマン・ジェフリーズ