-------------------------------------------------- PBeM『VOiCE』第6回リアクション 06-F 幼猫期の終り -------------------------------------------------- ●「猫になるほうがうまいもの食えそうだし」 最近なんだか騒がしい。理由は簡単だ。猫の下僕たる人間たちが慌てふためいているからだ。  まったく騒々しい。  下僕は落ち着きがない。  それは、猫が下僕に対して改めてほしい部分だった。他にも改善点を挙げれば、すべての肉球の数を上回るほどだが、猫は慈悲深く、なるべく追及しないようにしていた。欠点は誰にである──問題があるとすれば、下僕のそれは多すぎるということだ。  猫は、ふああ、と大きくあくびをひとつ。  それから、ぐい、と伸びた。右足、それから左足。背筋を伸ばすと、おもむろに顔を洗う。  世はなべてこともなし。  猫が猫であり続ける限り、この世界は果てまで猫のものなのだ。何をそんなに騒ぐのか。 「あっ、いたいた、こんなところに!」  下僕の声が聞こえる。やれやれ、仕方ない。ちょうどなにをしようか、考えようと思っていたところだ。下僕をかまってやるのも、支配者たる者の務めだろう。 「にゃーん」  甘えた声で、足下にすり寄ってやる。とたんに下僕は目尻を下げ、文字通りの猫なで声で話しかけてくる。 「ねえねえ、これから地球との会談なんだって。あんな子どもがちゃんと話せるのかねぇ。指名されたんじゃ仕方ないけど……ほら、一緒に中継見ましょうねぇ」  その言葉を聞き流しながら、猫はぼんやり考える──今日は何して過ごそうか。 ●「一言でいえば、猫は優秀なんだ」  白戸さぎりは猫である。  正確には猫と呼ばれるものである。  見た目は、人間と変わらない。だが、その魂も体も猫である。ゆくゆくは、人間とこの地を支配する者として、下僕たちの上に立つべき存在である。しかし、今はまだ子どもだ。だから毎日学校にも通うし、食事の好き嫌いを言えば叱られる。理不尽ではあるが、立派な猫になるためには必要なことなのだ。  本来であれば、さぎりはそのまますくすくと育ち、大人の猫として猫の社会で自立するはずだった。ところが、先月「地球」とか呼ばれる場所から来た人間たちによって、さぎりが住むふたつの丘を含め、あちこちで騒ぎが起きている。  いわく、地球からの来訪者はこの地に住む人間たちの祖先でもあり、また同族である。ふたつの丘を始めとする都市群に住まう人々は、はるか昔に地球を出て、どこか遠くに引っ越そうとしていたら、うっかりこの地に落ちたのだという。   間の抜けたことに、地球はこの地に落ちた人々の生存を絶望視し、すっかり死んだものだと思っていたらしい。それが、何がきっかけだったのか、生きてると知り、大慌てで駆けつけた。  さぎりから見れば、うっかりというレベルを超えた、粗忽極まる下僕だという印象でしかない。だが、両親たちやそのほか大人の猫たちにしてみると、それは「第二次侵略」という位置づけであるらしく、毎日毎晩ぴりぴりとした雰囲気の会議が続けられていた。 「さぎり、今夜はおまえも来なさい」  父に促され、さぎりは夜更けに家を出た。母は、自宅に待機している。万が一の事態に備えて、人間形態をとれる猫たちは、情報収集に専念していた。さぎりが日常的に使っているタブレットもモバイルも、猫の肉球では実に操りづらいのだ。あんなもん、平べったい座布団だ──と長老猫がぶつくさ言っていたのを、さぎりは聞いたことがある。    今夜の集会も、さぎりが予想していた通り、何らかの結論が出るどころか、そもそも堂々巡りで終わりそうだった。 「今こそ、壁の向こうにいる同志たちと結託して、人間に鉄槌を下すべきだ」 「いや待て、奴らは数だけは多い。分散させるべきだ」 「奴らを同士討ちさせて数を減らそう。勝手に討ち滅ぼし合えばいいのだ」 「開戦は早急すぎる、今はまだ情報収集をすべきだ。無駄死には出したくない」  さぎりは、小難しそうな会話をぼんやり聞くともなしに聞いている。まったくもって、さっぱり意味がわからない。 「さぎりよ、おまえはどう思う?」  不意に、煮詰まった会議に疲れたのか、長老猫のひとりがさぎりに問いかけた。いらだちと焦りが混ざった視線が、さぎりに集中する。 「どうって?」 「人間への対応だ」 「んー」  さぎりは首を傾げ、今まで思っていたことを、何気なしに口にした。 「地球とかいうところにも、下僕がいるみたいだけど、猫のほうが上だってわかってる人、いないみたいだね」  長老猫が口を開きかけたが、ややあって閉じた。 「これって僕らの落ち度かなーって思うんだ」 「落ち度?」  怪訝そうに、大人の猫が聞き返す。 「そう、だってさ、人間は猫の下僕だけど、それってあんまりにも当たり前すぎて、かえって誰も言わないじゃない? きっと地球の猫は、人間をきちんと管理してやっていないんだよ。……いや、もしかしたら、もういないのかもしれない。何せ、あれだけ大ボケかますような人間だもの、愛想も尽かすよ」  さぎりが言うと、大人たちは顔を見合わせた。 「た、たしかに、その可能性もないとは言えないな……」 「おいおい、子どもの言うことを真に受けるのか?」 「しかし、話を聞く限り、相当間抜けなことには変わりないだろう」 「あんなの面倒見ろと言われたら、困るな」 「うむ」 「ごめんこうむるな」  さぎりは大人たちを見回すと、再び口を開いた。 「きっとね、地球には猫の管理が行き届いてないんだ。だから、ぼくたちはかわいそうな地球の人間たちを導いてやらなくちゃ」  めんどくさいけど──ぽつりとさぎりは小さく付け足した。 ●「猫だと言ってやれば?」  冬の風は冷たく、手袋なしでは指先がしびれそうだ。幸い、今日は天気がいいので、風さえなければ、比較的暖かく感じる。水無月千鳥は、慣れた足取りで校舎裏の雑木林を歩いていた。夏にはあれほど生い茂っていた葉はほとんど枯れ落ちた。今は枝先でかさかさと揺れる数枚がある程度だ。 「あ」  予想通り、千鳥が探していたものは、そこにいた。冬の日差しを受けて、丸くなっている。いつ見ても器用だと思う。不安定なハンモックの上で、バランスをとって、まるで猫のように眠っているのだーー本人曰く、「だって猫あから」らしいが。 「さーぎりちゃーん」  ハンモックに駆け寄ると、千鳥は景気よくハンモックを揺さぶった。ばさばさと枝が揺れ、ハンモックが悲鳴を上げる。 「う、うわっ、何をする!」 「おはよー、さぎりちゃん」  さぎりの機嫌は悪そうだったが、千鳥は気にしなかった。世の中には、朝起きるのが苦手なテーケツアツという人がいるらしい。きっとさぎりもテーケツアツなのだ。その証拠に、千鳥がたたき起こすと、いつも機嫌が悪い。 「でもそんなの関係ねぇ!」  千鳥は、以前授業で見た古典芸能の踊りを真似て、己を鼓舞した。 「……嫌な予感しかしないけど、一応聞こう。何の用だ?」 「騒いでるだけじゃ、何もしないのと一緒だよねぇ?」 「あとどれくらい経験値を貯めたら、《順序立てて話す》 スキルが身に付くんだろうな……」 「猫ちゃんって人間じゃないよね」 「そりゃそうだろう。どうして猫が人間なんだ」 「でもさ、さぎりちゃんはさぎりちゃんだよね?」 「うわぁ禅問答きた」 「だからねぇ、さぎりちゃんがさぎりちゃんで、猫ちゃんが猫ちゃんなのって、わたしとさぎりちゃんの髪の色とか目の色が違うのと同じように、それだけのことだと思うの」 「いや、いろいろ違うような気もするが」 「でね、猫ちゃんはどう思ってるのかなって。気になったの。大人の人たち……っていうか、人間はなんか騒いでるけど、猫ちゃんはいつもと変わんないし」 「聞いてる? ねえ聞いてる?」 「猫ちゃんたちはどう思ってるのかなぁ。さぎりちゃん、聞いてきてよ。猫でしょ」 「そりゃあ、ぼくは猫だが」  さぎりは呆れたようにため息をつく。 「猫は猫として生きてるだけだ。後は人間が勝手に全部やるだろう。人間とはそういうものだ」 「うーん、そうなの?」 「そうだ」 「そっかー」  千鳥は納得がいったような、いってないような、複雑な面持ちで首を傾げる。さぎりは、千鳥を見て言った。 「まあ、気になるなら猫に直接聞けばいい。ぼくの友だちに抱っこされるのが好きな変わり者がいる。抱っこしながら、そいつにも聞いてみたらどうだ?」 「えっ、いいの!?」 「ああ、いいとも」 「もふもふしていいの!?」 「ああ、当然」 「もっふもふ!?」 「超もっふもふ。ゴージャスもっふもふ」 「もっふもふー!!」  大はしゃぎの千鳥を見て、さぎりは薄く笑う──忠誠心を育むなら幼少期から。  猫はこの世の王だ。何も案ずることはない。面倒ごとはすべて下僕たる人間がやるべき仕事だ。猫は、ときどき「にゃーん」とか言って、人間にすりすりごっつんするだけで、忠誠心を呼び覚ますことができるのだから。 「もっふもふー!」  ああ、世はなべてこともなし。 ●「猫は常に正しい。おれ、主人公」  青い空に、一筋の白い煙がまっすぐ、天高く昇っていく。その軌道にぶれはなく、雄々しささえ感じさせた。まっすぐ地球に向かう船は、すぐに見えなくなった。  あれから、地球とふたつの丘は、頻繁に人間が行き交うようになった。かつて通信や移動を妨げていた磁気嵐が止み、交流に支障はほとんどなくなったという。 「まあ、猫にはどうでもいいけど」  さぎりは、目を細めた。大人になれば、星間渡航許可証も手に入る。そうすれば、地球へ行くのも簡単だ。地球上にも、猫の、猫による、猫のための世界を作るために、さぎりは征かねばならない。  その日は、そう遠くない。  だから、今はまだ眠る。  まだ見ぬ地球に、猫たちの声が響きわたるのを想像しながら、さぎりはふたたびまどろみに沈んでいった。  未来のことは誰にもわからない。  さぎりは猫であり、そしてまだ子どもだった。  だから、血気盛んな若者たちが、それでもなお、と拳を振り上げ、牙をむくであろうことに気づけもしなければ、また止める力も──そもそも、その気がなかった。  地球との交流は進んでいる。一方で、あくまでも地域の問題としてだが、野生の猫が問題視されるようになっていた。チップを埋め込まれていない、街の外周部に生息する猫たちが、時折人間を襲うようになったのだ。  ある日、とある数匹の猫──といっても、もちろんさぎりの同類だ──が、人間の家に忍び込み、寝ていた赤ん坊の首を噛みちぎった。不幸にも発見が遅れ、赤ん坊は結局死んだ。  当然の成り行きとばかりに、徹底した野良猫駆除が行われ、街の外周部から猫の姿が消えた。  あの数匹の猫たちは、どこにいったのだろう。  さぎりは今でもふと思い出すことがある。 「猫には生きにくい世界だ」  誰かがそう呟いた、その声を。 -------------------------------------------------- ■ マスターより -------------------------------------------------- ・ご参加いただきありがとうございました。 -------------------------------------------------- ■ 登場PC・NPC一覧 -------------------------------------------------- ・白戸さぎり ・水無月千鳥 ・猫たち